第22話 決着
小蝶が言う。
「直治様には、私からお話させていただきます。
これは、私が話さねばならぬこと、なのでございます」
俺も言う。
「いや、俺が話す。
これは、男として俺が筋を通さねばならぬ」
だが、小蝶も折れない。
「いえ、私としましても……」
「斬首役を取り合う相談とは、恐れ入りまする」
俺と小蝶の口論を、襖の向こう側から制する声が響いた。
いつから聞いていたのだろうか。
見れば、直治どのの隣で信春が天を仰いでいる。どうやら、最初からしっかり聞かれてしまったらしい。
「小蝶様のこと、私めにはどうにもならないことはわかっておりましたよ。
ですが、よい夢を見せていただきました」
と、直治どの。
「俺が言うのもおかしなものだが、それでよいのか?」
と、俺は聞く。
「よいかと問われれば、よいはずはございませぬ。
今からでも足掻こうかと思わなくもありませぬが、最初に申したとおり、源四郎様が小蝶様を妹としてだけでなく、一人の女性としてもお思いなのであれば、それは思い思われているわけで、この直治、横車を押すつもりは毛頭ござりませぬ。あとは良きようになさっていただくしかなく、容喙しようともも思いませぬ。
今回、棟梁としてのお立場から口にしたものであっても、明確にお気持ちが出てしまった以上、諦めるしかないところでございます」
ああ、確かに直治どの、それは最初から言っていた。
「だが、水菓子をたまに買う程度では済まず、もっと口説くかと思っていたぞ」
余計なことかとも思いつつ、俺の口からそのような言葉が口を突いた。
「それが上手く行かなかったのでございます。
源四郎様がお気づきになられていたかはわかりませぬが、私めが小蝶様に渡した甘味、水菓子、ことごとく他の者たちとの間で分けられてしまいました。その分け方も、最初から最後まで変わらず。
こんなはずではなかった、それが正直なところでございます。
一つでいい、切りわけた余りの欠片でもいい、小蝶様に持ち帰ってもらえたら、話の継穂もございましたが……」
ああ、なるほど。
あれらの甘味は、小蝶の気を引くよりも、内心を推し量る意味の方が強かったのか。そして、隙を作らせる意味も、だ。
結局、小蝶は直治どのの思いを知って後も、一度も靡かなかったのだ。
ようやく生ぬるいとすら思っていた直治どのの行為の真意がわかり、俺は水菓子については腑に落ちた気がしていた。
「では、水菓子でなければ、どこで直治どのは小蝶の気を惹こうとしていたのだ」
「決まっておりまする。画工としてでございますよ。
ですが……」
こちらも腑に落ちた。
直治どのの筆、このところ生硬さを増すばかりで、伸び伸びとしたところを減じていた。これは、邪心があったのだ。
結果がすべてだ。恋によりその筆が闊達になることもあろう。恋自体が悪いわけではない。その恋によって筆がどうなるか、その結果で純とも邪心とも断じられるのが絵師の世界である。
「もうよい。だが、これで鎖は外れた」
「恐れ入りまする」
直治どのの言葉は忸怩たるところなく、いっそ清々しかった。
ここで信春が出さなくて良い口を出した。
真意は善なるものであったのだろうが……。
「ま、よいではないか。
直治、お前くらいの歳の頃は、いくつか歳上の女が果てしなく眩しく見えるものだ。
だが、俺くらいの歳になると、やはり歳下が良くなる。女は若ければ若いほど良いぞ。
あとで後悔しなくて済むのだから、この仕儀には感謝せねばな」
その言葉に直治どのはため息で返し……。
鋭く言葉を返したのは小蝶だった。
「信春様。
今なんと?
この小蝶、よく聞こえませんでした。
耳の穴かっぽじって聞きますゆえ、ぜひもう一度。
工房から下働きに至るまで、この家の全ての女性を呼びますゆえ、ともにお聞かせ願いたてまつりまする」
小蝶の容赦ない追求に、信春の顔色は青くなったり赤くなったりした。
「おや、どうなされましたか。
おつるがなんと言うか、聞きたくはございませぬか。七尾に残された信春様の連れ合いがどうお思いになるか、文をしたためてお聞きいたしましょうか」
信春は追い詰められすぎて呆然とし、微動だにしない。
お前は相変わらず過ぎだ、信春。
口から言葉を紡ぐ前に、なぜもう一呼吸考えぬのだ。また、考えぬにしても不覚悟にもほどがある。
このまま小半刻も信春が問い詰められるのを見るのも楽しかろうが、本題に入らねばならぬ。
第五章 それぞれの道
に続きます。




