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洛中楽Guys ー若き絵師たちの肝魂ー  作者: 林海
第四章 これも棟梁の仕事ぞ

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第21話 それがいい、それでいい


「源四郎、お前はいつまでふわふわと浮ついているつもりだ。

 このままで良いと思っているのか。

 あの洛中洛外図はどうするつもりだ。

 それに、将軍様の仇を取ろうとは思わぬのか」

 自分の部屋で、絵筆を握ったまま動けなくなっていた俺の肩を掴み、信春は耳元で強く囁く。

 たしかにこのようなこと、大声で口に出せるはずもない。

 信春と言えど、さすがにそのくらいはわかるらしい。


 と、ここまで自分の思考が回ったところで、信春の言が俺の心のなかにすとんと落ちた。熟した柿が木から落ちるように、なんの前触れもなくただ落ちたのだ。


 そうだ。

 仇を取らねばならぬ。我らは絵師だとしても、このままでは、あまりに虚しい。

 あの洛中洛外図、当世の五指に入る絵師のうちの四名が、力を尽くし、込めきったものなのだ。将軍様の仇を取れる力、ないはずがない。


 将軍様が亡くなってから、初めて俺にしっかりとした視界が戻ってきた。それまで水の中でものを見るような、そんな頼りない風景の中に俺はいたのだ。

 改めて見れば、信春の顔はいつも以上に無精髭が伸び、頬も痩けている。こいつも、耐えられない思いを耐え、俺を引き戻しに来たのだ。


「信春、直治どのと小蝶を呼んでくれい」

「応っ。

 ようやく絵師の目になったな」

「ほざくな。

 仮にも俺は、狩野の棟梁ぞっ」

 俺の言葉に、信春は高笑いをしながら部屋から出ていく。

 俺はただ持っていただけの筆を置いて腕組みをし、仇を討つための手を考えだしていた。



「お前さま。

 まずはこれを」

 真っ先に俺の部屋に来た小蝶が、野蒜(のびる)の酢味噌和えを皿に盛ったのを俺に差し出す。

「ここのところ、(ろく)に食べていらっしゃいませんでしたから、精がつくものを、と」

「すまぬ」

 しみじみとありがたい。

 俺は、箸を持って二口食べたところで気がついた。


 今、「お前さま」と呼んだか。

 この間までは、「兄上様」だったはずではないか。

 つまりは、そういうこと、なのか。

 なら、一言言っておかねばならぬ。


「あの場の成り行きでは、そう言うしかなかった。

 小蝶、お前も知ってのとおり、直治どのもお前に懸想している。(まこと)に、俺でよいのか。

 相手があの松永殿とは言え、まだなんとしても話を合わせることはできるやもしれぬぞ」

「最初から、そう心に決めておりました」

 小蝶の目は、まっすぐに俺を見ている。

 情けないことに、俺の方がその圧に負けて目を逸らした。


「なぜだ。

 俺が狩野の棟梁だからか。

 なら、俺は小蝶、お前の期待を担えるだけの器は無いやもしれぬぞ」

 俺は口ごもりながら言う。

 俺が、直治どのの歳のとき、あれほどの器があったか、それは俺にもわからぬ。ひょっとしたら、負けているやも知れぬ。


 歳下は怖い。

 俺の姿を見て、俺を越えようとすることができる。だが、年長の俺は、取った歳を巻き戻してやり直すことはできないのだ。

 だとしたら、直治どのの方が俺より大きな男になるやも知れぬではないか。


 小蝶の含み笑いに、俺は視線を合わせて問う。

「源四郎様。

 あなたは、父上から棟梁の座を譲られる前から、棟梁たらんと日夜生きておいででございます。棟梁の源四郎様ではなく、棟梁たらんとしている源四郎様に小蝶は惚れ申しました。

 この小蝶、人の器の大きさなどわかりませぬ。ですが、棟梁たらんと日々励まれている源四郎様の器とやらが、今も大きくなり続けていることだけはわかります」

「……」


 情けない。

 小蝶の言に、俺は言葉を失っていた。

 そう、棟梁たらんとして俺は生きてきた。小蝶の言うとおりだ。

 狩野の家を守り、派を守り、そのためには人の道としてどうかという決断もしてきた。

 人ではできなくても、棟梁であればできる。そのように生きるあまり、結果として俺が本当はどういう人間なのか、今や自分ですらよくわからない。

 だが、そういったこともすべてひっくるめて、小蝶は、それがいい、それでいい、と言ってくれたのだ。

 これはもう、過分のことではないか。

第22話 決着

に続きます。

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