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洛中楽Guys ー若き絵師たちの肝魂ー  作者: 林海
第四章 これも棟梁の仕事ぞ

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第20話 弑逆


 だが……。

 俺は、松永久秀殿という人間を甘く見ていた。

 二枚の似たような絵を同時に描くという方法で松永殿の追及を躱し、さらには小蝶の身をも守った。直治どのには申し訳ないことながら、おおよそ危地は脱した。

 これで終わった。

 俺は、そう思っていたのだ。


 そのあとすぐに知ったのだが、松永殿、探りを入れていたのは狩野の派だけではなかった。町衆、武家、万遍なく手を打ち、将軍様の策をすべて洗い出そうとされていた。

 だが、少なくとも町衆で尻尾を出す者はいなかった。

 皆それなりに生き馬の目を抜く京の町で商売をしてきた、海千山千の商人である。本気で本心を隠そうとしていれば、見破られることなどありえない。


 結果的に万策尽きた松永殿は……。

 なんと、息子、義久殿に命じ足利義輝様、すなわち将軍様本人を討たさせたのだ。

「様々な企みがされる、その大元を絶ってしまえば良い」という考えは、わからないでもない。だが、それを考えるということと実行するということの間には、大きな溝があるはずなのだ。いや、なければならない。


 少しでも優位に立てたかもなどと思っていた、自らの思い上がりに俺は震え上がった。一歩間違えば将軍様と同じように、俺も松永殿に首をとられていたかもしれないのだ。

 いや、逆に、俺の首など獲るに値しないと思われているやもしれぬ。

 どちらにせよ、楽しい想像ではない。


 

 確かにその日、二条で煙が上がったのは、工房からもよく見えていた。

 騒がしさも感じていた。

 だが、まさかこのようなことになっていようとは誰が思おうか。


 あまりのことに、その知らせを聞いた俺は絵筆をとり落とした。

 後にも先にも、産まれて初めてのことである。


 描き終えた絵を台無しにしかねないこのような失態、幼少の頃から厳しく躾けられてきた俺としては自分でも信じられない。

 だが、俺がそれを父に知らせに走ったとき、父も同じく絵筆を取り落した。

 いかにこの知らせの衝撃が大きかったのかが、わかろうというものだ。


 俺は自失し、なにも考えられなくなった。

 これからどうするかの策を考えようにも、祖父とともにお目通りさせていただいたときの将軍様のお顔が脳裏に浮かんでしまう。

 まだ子供の俺に向けていただいた、その笑顔が切ない。

 祖父とて、あの世でお迎えし、さぞや驚いておろう。

 そして、関白様も、さぞや落胆なされていらっしゃるであろう。



 その後、後の世で「永禄の変」と呼ばれることになる事件の、詳しいさまが漏れ伝えられてきた。

 将軍様が襲われたのは、朝。

 松永殿の軍勢に取り囲まれながら酒宴を行い、最後には自らが薙刀を持って奮戦されたとのこと。薙刀を失った次は刀を振るわれ、そのあまりの強さに寄せ手の兵たちは皆怖れをなしたそうな。


 そうだ、将軍様に洛中洛外図のお話を頂いたとき、その身を案じた俺に将軍様はこう仰ったのだ。

「まぁ、要らぬ心配はするな、源四郎。

 これでいて、わしは鹿島新當流をよくするのだ。自分の身くらいは守れよう」

 と。

 そのお言葉はまことであり、その証を自ら立てられたのだ。


 将軍様の強さに手を焼いた寄せ手の兵たちは、四方から障子を覆い被せ、その上から刀槍で刺して弑したという。

 将軍様のご無念は、いかばかりであったか……。

 お歳は三十歳だったはず。まだまだお若かった。



 さらに続報が入り、工房は火が消えたように絵師たちは静まり、空気は果てしなく重くなった。

 将軍様とともに討ち死にされた方たちの名は、俺とて見知っている方たちが多かった。下働きの左介さえも、お言葉を交わしていただいた方たちが亡くなったと、地を転げて泣いた。

 将軍様の生母である慶寿院様も自害に追いやられ、お子を孕んでいた御側室の小侍従局も殺されてしまった。あまつさえ、出家をされていた弟君の周暠様までが、おびき出されて殺されてしまったと言う。

 さらに二条御所は火がつけられ、焼失した。


 祖父とともにお目通りさせていただいた、その場自体が無くなってしまったのだ。

 あの美しい二条御所は、もはやない。

 俺の脳裏にしかない。


 その後の数日間の俺の記憶、飛び飛びになっている。さぞや自失していたに違いない。

 その俺を、現し世に叩き戻したのは信春だった。

第21話 それがいい、それでいい

に続きます。

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