第19話 どれも、周りが悪い
だが、松永殿の目は、相変わらず底光りをたたえて俺の目を覗き込む。
まだだ。
まだ騙しきれていない。この目は信用からほど遠いところにある。
「なれば、そのような価値無き娘、なぜ棟梁は嫁に迎えようとするのか?」
来るだろうと思っていた下問だ。
むしろ、それを聞くよう仕向けたと言っていい。
なに一つ聞くことがないほど納得させられると、かえって疑いもしよう。
「自ら疑いを晴らした」と、そう思わせなければ、松永殿のようなクソジジイは本当に納得はせぬ。
俺は、顔を歪めて答えた。
「決まっておりまする。父の命にてやむなく。
父は土佐光元めに他に子が無きことをいいことに、土佐派をも取り込もうと。
とはいえ、棟梁の腰が定まらぬ派など、あってもなくても同じ。価値などございませぬ。ただ、父が若き頃には一定の力のあった派ゆえ、その幻影が父の目を曇らせておるのでございましょう。
とはいえ、父の言に従うは、子としての孝の道にございますれば」
今度は、父のせいにしてしまえ。
もう話の責は、土佐光元でも父でも、どこへでも押し付けてしまえばいい。土佐派だって本当はもっと力があるが、あとから文句を言っては来ぬであろうよ。
「……棟梁も苦労しておるのう」
お、一歩引いたではないか。
松永のクソジジイにしても、我が狩野ならまだしも、棟梁の不在の土佐派は不要であろう。つまり、小蝶を欲しがる必然はもはやない。
若い女自体は欲しかろうが、それだけなら顔も見たことがない嫁入りの決まりし女より、いくらでも他に適当なのが入手できよう。
「お言葉、痛み入ります。
ですが、棟梁は子をなさねばなりませぬ。どのような女子であっても、そこが成るのであれば、贅沢は言えませぬ」
松永殿も家の主であれば、子を成せと言われ続ける事情はわかろう。
子を成すことで、家も派も続き、家中の者や派に属する者も食っていけるのである。今の世は、そういう仕組みなのだから仕方ない。
「そうか。
よくわかった。
では、この松永、婚礼の祝儀を弾もうではないか。
その屏風、買うとは申せぬが、買い手の仲介くらいはできようぞ。
それで、この場は許してくれぬか」
「許すもなにも……。
誠にありがたきお申し出であり、この源四郎、感謝の念に堪えませぬ」
偉そうに言っているが、自分の懐は傷まぬではないか。
そう心のなかで舌を出す。
やはり、クソジジはクソジジイだ。
喰えない。
つまり、調子に乗って良い相手ではない。
ここで一つ、折れておかねばなるまい。
「松永様。
これほどのご厚情をいただけること、ありがたき幸せ。
せめてでございますが、この扇をばお持ちくださいませ。
名人との誉れ高かった我が祖父、狩野元信の作にて、はや我が派内でも最後の一本。
どなたにもお渡しするつもりはなかったのですが、先ほどのようなお言葉にお返しできるとなれば、せめても、と」
俺は、工房の一画から取り出した扇を差し出し、そう申し出る。
惜しいが仕方ない。
だが、祖父の絵自体は、扇絵も含めてまだまだたくさんある。
あくまで、扇にまで仕立て上げた最後のものがこれだ、というだけである。だが、余計なことを言う必要はない。
「さすがは狩野の棟梁。
喜んでいただこう」
松永殿が扇を握る。
これは、商談成立であり……。
そして、我が派がひとまず安泰となったということでもあった。
文字通り、瓢箪から駒でございますww
ついで、時代背景のため、子供を成すことについてこのような表現になった部分があるのはお詫び申し上げます。
第20話 弑逆
に続きます。
次回、事態は急変いたします。




