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洛中楽Guys ー若き絵師たちの肝魂ー  作者: 林海
第四章 これも棟梁の仕事ぞ

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第18話 嫁


 なぜか俺、初めて松永久秀殿を恐ろしいとは感じなかった。

「そう仰らず。

 近頃の京の町、あまりにもすべての値上がりがひどく。我が派も内情は火の車でございます。

 将軍様からのお話を前向きなものと誤解したは、棟梁たるこの源四郎の失態。

 松永殿にお救いいただけるのであれば、ありがたきことこの上なく、伏してお礼申し上げ奉ります」

 口では、そう言いながら……。


 心の中では、「お前を騙すための絵だ。お前が買うのが筋だ」と呟いている。

 積極的に売り込みに入れば、松永殿は逃げる。存外、吝嗇(ケチ)らしい。金が懐から出るのが嫌なればこそ、徹底して売り込んでやろうではないか。


「冗談ではない。

 そのような無駄な金はない。

 茶器ならばまだしも、絵など使いみちがなかろう」

「なにを仰られますやら。

 数々の名器を所有される松永様にて、その目は確かなものと推察いたします。

 また、松永様の多聞山城は、素晴らしきものとお聞きいたしております。我が狩野も、城内に障壁画を何点か描かせていただきました。そのときは父の指揮のもとに、高弟たちが描かせていただきましたが、この屏風は棟梁たるこの源四郎の直筆でございます。

 話に聞く美しき多聞山城を、さらに彩るものと確信しております」

 俺はそう言い切る。

 そう言い切れなくて、なにが日本一の画工か、なにが日本一の狩野の棟梁か。


 初めて、松永のクソジジイの視線が泳ぐのを俺は見た。

 初めて、そう、初めて俺は優位に立っている。

「そういえば、お前の妹はどうした?

 わが屋敷で仕える件じゃ。

 我が殿に泣きついて、けんもほろろに応対されたそうではないか。

 そうだ、絵ではなく妹の方を、このまま連れ帰ってもよいのだぞっ」

 お、そちらの方から反撃されてきましたか。

 少し、話を変えるのが、強引ではございましたがなぁ。


「この度、我が妹は縁談が本決まりになりまして、嫁入り支度に余念なきことになっておりまする。

 誠に惜しい話ながら、この話、ご辞退させていただくしかありませぬ。

 ただ、このようなお声がけをいただきました御恩、この狩野源四郎、決して忘れませぬ」

 ふん、忘れない、つまりは覚えていろってことだ。

 ただ、この俺の返答に、松永のクソジジイがどう出るか次第で、直治どのには申し訳ないことにはなる。


「それは重畳。

 で、どこの家に入られるのか」

 すまぬ、直治どの。

 やはり聞かれてしまった。


 こういうのを、瓢箪(ひょうたん)から駒と申すのであろうな。

 もはや決めてしまうぞ。

 この源四郎、直治どのには一年の猶予を与えたのだ。それをもって、許せ。

 直治どのが小蝶に甘味を買い与えている間、それはすなわち、俺も俺なりに心を決める期間ともなっていたのだ。


「この源四郎の嫁にございます」

「よく聞こえなかった。

 もう一度申せ」

 さすがに、そうなるよな。


「狩野派棟梁、この狩野源四郎が嫁にございます」

 俺は、重ねてそう宣言した。

 松永殿とその御家中だけでなく、我が派の面々も俺の背後で息を呑んだのを背中で感じる。


「……どういうことだ?」

「我が妹というのは、我が父の瞞着(まんちゃく)(※1)でございました。

 実は、大和絵土佐派棟梁、土佐光元が忌み子(※2)にございます。

 他ならぬ松永様でありますからお話いたしますが、土佐光元めは絵師ながら武士になりたいと奔放な日々の末、このような不始末をしでかしました。

 その結果、母子して日々の糧にも困る中、我が父が哀れと思い拾い上げたものにございます。

 ただ、若き男が多い派の中に、女を入れるは乱れの元。

 ゆえに、妹と内外に偽り申しました」

「ふむ。

 では……」

 と松永殿がなにかを言いかけるのに、俺は構わず自分の言葉をかぶせた。


「引き取りはいたしましたが、狩野の家にとってはまったくのお荷物にて、いくらか扇絵を能くするとはいえ、そのくらいの腕の者は我が派にはいくらでもおり申します。

 過ぐる日の松永様の申し出はありがたかったものの、一度引き取った者をあからさまに厄介払いができるとも顔に出せず、また一度妹とした以上、我が家としての体面も整えねばならず……」

「嘘は許さぬぞ」

 松永殿、ようやく俺の話に口を挟む。


 我ながら、立て板に水を流すように見事に嘘を並べていた。

 口を挟まれるより早く、伝えたいことだけは伝えねばならないからだ。

 だが、もうよい。

 種子は蒔けた。


「どうぞ、お気が済むまでお調べくだされ。

 真実は一つにして、よっくお調べになればなるほど、我が言が真なるものとご納得いただけましょうぞ」

 そう俺は、あえて言を足した。


 小蝶を厄介者という立場にしてしまえば、狩野に対する人質という意味合いを失う。すなわち、俺が守りたいものだから奪いたいのであって、俺が捨てたいものを拾いたいとは、松永殿のような人間は決して思わぬ。


 また、過ぎし日に松永のクソジジイに小蝶を寄越せと言われたときの、俺の動転ぶりは見抜かれているはずだ。だから、そこの仕損じたところも補っておく。

 さらに言えば、俺の背後で我が派の者どもが小蝶を嫁にするといったときに驚いたのをも、小蝶の正体は派の中ですら隠していたのだと説明を加えることができた。

 辻褄は合っているはずだ。




1※瞞着 ・・・ ごまかすこと、騙すこと。

2※忌み子 ・・・ 望まれないまま生まれてきた子

第19話 どれも、周りが悪い

に続きます。

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― 新着の感想 ―
やっと決まったか。 松永殿はじつはキューピッドだった? 乱世の梟雄もこうなっては形無しw
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