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洛中楽Guys ー若き絵師たちの肝魂ー  作者: 林海
第四章 これも棟梁の仕事ぞ

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第17話 描かれた屏風


 ともかく、松永殿、変わらぬ。

 相も変わらず、髪の白い部分は増えておらず、若々しくさえある。

 そしておそらくは、自分の家中の者に問い詰められる俺の姿を、さんざんにいたぶるように眺めていたのであろう。

 変わらず白っぽく底光りしているその目で、だ。

 蛇の前の蛙、俺はそうならざるを得ない。


 さすがに格が違う。

 一気に俺、心が折られたような気になった。

 ここまで来たということは、松永殿も今の状況に焦りを覚えているということのはずだ。だが、その片鱗も感じさせぬ。

 やむをえず、俺は直治どのに視線を走らせる。

 直治どの、立ち上がって、描きあげた絵をしまっている納戸に向かう。


 その間にも、松永殿、話し続ける。

「棟梁、京の町を描き、その静謐を保たんがために上洛せよと、どこぞの武将に進物にするのであろうが。

 とうの昔から知っておるのだよ、その話は。

 まして、棟梁の手の者が、あちこちで京の姿を写し取っていたこともこの耳に入っているぞ」

 くっ、予想以上に将軍様のまわりは、このクソジジイの息がかかった者で埋め尽くされているらしい。


「誤解でございます。

 将軍様からは、『京の名所案内があれば、このようなものがあったと後世に残せるのだが……』と聞いておりまする。たとえば相国寺七重大塔、これも三十六丈(約109メートル)もの高さをを誇るものでありながら、はや焼失から百年が経とうとしております。すでにその目に見た者は死に絶え、そのような巨塔ですら忘れ去られるは必定、将軍様の危惧はよっくわかりまする。

 なので、あくまで京の名所、京に住む者が遊楽できるところを描いたに過ぎませぬ」

「さあ、どうだか。

 その言い逃れが、この久秀に通用するかの。

 結局は、世を動かすは人よ。その人がどう描かれているかで、棟梁の言が嘘だということは自ずから明らかになろうよ」

 ……相変わらず、このクソジジイは真を突く。


 これで、この力を公のために使っていただけるのであれば、狩野の棟梁として忠を尽くしても良いのだが、如何せん、松永殿は汚れすぎている。

 そこへ、直治どのが信春にも手伝わせて屏風を運んできた。そして、松永殿の眼前で開き、立てたうえで、引き下がっていく。


 いよいよ……。

 俺が長年描き続けてきた京の絵姿を、信春、直治どの、小蝶以外の者が見るときが来た。

 ああ、おそらく父は盗み見ていただろう。

 勝負である。

 勝てば、松永殿は二度と狩野に手を出しては来ぬであろう。


「これは……」

「洛外名所遊楽図屏風でございます」

 縦が二尺八寸(84.8cm)に横五尺八寸(175.8cm)。これが二つで四曲一双の小ぶりのものだが、金泥を使い、すやり霞に覆われた京の図である。


「棟梁、これはまことに将軍様の依頼のものか」

 松永殿、いっきに当てが外れたというような声になった。

「先程も申し上げましたとおり、依頼はされておりませぬ。

 当然、絵の具の代もいただいておりませぬし、狩野の身上のみで金泥を使い、絵を描くとなれば、これで精一杯でございまする」

 洛外名所遊楽図屏風、京の名所を描き、そこに集う人がちらほらといるだけの絵である。

 絵としての完成度は高くても、そこに込められたる意味はまったくない。



 実は俺、この日が来ることを確信していた。

 なので最初から、縦は五尺三寸(159.2cm)に横は十二尺(361.8cm)、これが二つで六曲一双となる屏風と、洛外名所遊楽図屏風という二つの屏風を並行して描いてきたのだ。


 かたや、京の人々の生活まで描かれた大画、かたや金泥を使い原資が掛かっているとはいえ、ほぼ名所案内に過ぎぬ絵である。

 二つを同時に描くというのは、その完成度を高めるのに極めて有効な手段であるし、これを通して得るものも多かった。

 おそらくは、洛外名所遊楽図屏風、こちらはどこかの商家にでも引き取られて、案外のこと、洛中洛外図より長く世に残るやも知れぬ。


「まさか、まやかしではあるまいの」

「まやかしとはなんのことでございましょうか。

 お疑いであれば、この絵、お持ちになってお調べくださっても結構でございまする。

 また、将軍様からは、この絵についてその後、まったく御下問がありませぬ。やはり、私めが先走りましたものか、と。

 なれば、もしも将軍様がお忘れでございましたら、松永様にお買い上げいただけるのであれば、この源四郎、恐悦至極に存じます。

 金泥分の出費の穴が埋まるのは棟梁として……」

「やかましい!

 誰がこのようなもの買うか」

 松永殿、そう吐き捨てる。


 ひょっとして俺は、このクソジジイの弱点を掴んだやも知れぬ。つまり、吝嗇(ケチ)ということだ。

 無理にでも売りつけに走れば、早々に立ち去るのではないか。

ちびりちびりと片鱗を見せてきた伏線を回収です。

史実でも、ほぼ同時に同じ絵を描いているんですよね。


第18話 嫁

に続きます。

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