第16話 松永殿、来襲
結局、俺をして、小蝶の件、この先どうするかの決心もつかぬまま……。
俺を始めとする京の町衆の打った手は、着実に効果を出していた。
三好長慶殿の嫡男、義興殿が亡くなったのである。
死因は黄疸と聞く。長くに渡って盛られた砒素の毒が、肝の臓を損なったのであろう。
同時に町衆たちは、松永久秀殿による毒殺という噂を流し始めていた。
そして、義興殿が亡くなって一年、次は三好長慶殿自身がお亡くなりになった。
これは、あくまで噂である。
とはいえ、天子様の脈をとっている医師に、薬石を納める薬種商から流れてきた話なので間違いはない。
跡継ぎの三好義継殿は、直治どののさらに二つ歳下である。これでは、当主の死をおおっぴらにはできまい。なので、三好家は葬儀など、なにも行っていない。
なので、噂、なのである。
長慶殿、お亡くなりの前には錯乱し、心神を喪失されていたという。
まことに恐ろしいことだ。
この毒を絵の具として日常として使う我々は、より心せねばなるまい。
義興殿は黄疸で、長慶殿は錯乱でとなると、同じ毒でも人によりここまで効き目が異なるのであれば、自分にその毒が盛られていても気が付きようがないかも知れないからだ。
松永久秀殿は、これで後ろ盾を完全に失った。
跡継ぎの三好義継殿を奉じてお仕えはできようものの、主家が完全に力を削がれた以上、自らの行いは自らの悪評となる。それでも従来と同じように振る舞えるか否か、一つ観物ではある。
それだけではない。
跡継ぎの三好義継殿がまだお若い以上、三好殿の家臣たちの間でお互いに牽制のせめぎあいがおきよう。これも我らにとっては良い話である。家臣同士の争いで、松永殿が失脚されるのであれば、それが一番よろしかろうということだ。
なんにせよ、松永殿はあまりに油断ならぬ相手であり、我々町衆としても手を出しにくい。
だが、だからこそ家臣団の中の生き残り戦となれば、強い者こそ真っ先によってたかって叩かれることになる。
繰り返しになるが、これは京の町衆にとっても悪い話ではない。
また、三好家の内紛が続けば、将軍様、関白様もなにかしらの手を打てるというものであろう。
などと思っていたら……。
火の粉は、俺に直接降り掛かってきた。
突如、松永殿の御家来衆が、大挙して工房に押し寄せてきたのだ。
「松永家、家中の四手井家保である。
将軍、足利義輝殿の依頼せし絵はどれか?」
と、その中の大将格が俺に口を開く。
このようなこともあるやもしれぬと、打ち合わせは済ませてあった。
小蝶は、すぐさま納戸の奥の隠し扉の奥に身を隠す。裏口から逃げられるなどという甘い考えを、俺たちは持っていない。
「そのようなものはございませぬ」
俺、まずは白を切ってみた。
「嘘を吐くな。
すでに将軍の御供衆はみな我が殿と懇意じゃ。すでに話は漏れているのだぞ」
そう畳み掛けてくる。
だが、松永殿本人に比べたら、いささか拍子抜けするほど恐くはない。俺とて、この数年、棟梁として修行を積んでいる。
「とんと判りかねまする。
先程も申し上げたとおり、そのようなものはございませぬ」
俺はさらに突っぱねた。
「よし、者ども、此奴の家の家探しじゃ。
すべてひっくり返し、京の姿を描いた絵を探し出せっ!」
おいおい、実力行使かよ。
さすがに、そこいら中をひっくり返されるのは困る。
「お待ちくださいませ。
今、京の姿を描いた絵とおっしゃられましたか?」
「おう、言うたとも」
「それならございます」
「どういうことだ?
先ほどは嘘を吐いたのか?」
四手井殿の目が三角になった。
「とんでもない。
将軍様との間に話が出て描いた絵ならございますが、絵の具の代も未だいただいておらず、とても依頼と言えるものではございませぬ。ご下命があるやもと、描き出してはございますが、それまでのものでございます。
今はあくまで、この狩野が独自で描いているもの。お武家の方たちに見ていただいても、なんら得るものはございますまい。
ですが、ご覧になられるというのであれば、出して参りましょう」
俺は、あえてそう言い切ってやった。
大将格の男は、極めて不機嫌そうに頷いた。
そこへ……。
「家保。
狩野の棟梁は質が悪い。
代わろう」
極めて不吉な声がした。
松永久秀殿、自らここへ足を運ばれるとは……。
「棟梁、久しぶりじゃ。
ちょっと見ぬ間に、随分と面の皮が厚くなったのう。
だが、この者たちなら言い逃れはできても、この久秀には通用せぬ。その絵をさっさと持ってこい」
悪かったな。
クソジジイ、お前のせいで俺は、面の皮を厚くする必要があったのだ。すべてはお前のせいだ。みんなお前のせいなのだ。
第17話 描かれた屏風
に続きます。




