第13話 俺の思い
俺の言葉に、直治どのも居住まいを正した。
「あえて、源四郎様とお呼びさせていただきます。
先程の源四郎様と同じく、質問に対し、質問でお返しいたしましょう。
建前抜きで、源四郎様は小蝶殿をどのようにお思いなのか、ということでございます。
もしも、源四郎様が小蝶様を妹としてだけでなく、一人の女性としてもお思いなのであれば、それは思い思われているわけで、この直治、横車を押すつもりは毛頭ござりませぬ。
あとは良きようになさっていただくしかなく、容喙(※1)できる立場ではございません。
ですが、源四郎様が妹としてしか見ておられないのであれば……」
「それなりに、小蝶を口説いてみるか」
「はい」
「うむ……」
ここで、間が空いた。
俺、再び考え込んでしまったからだ。
だが……。
いっそと思い、そのまま今の本音を語ることとした。取り繕いを積み重ねるより、よほど楽だと思ったのだ。
「直治どの。
まことに申し訳ないことを言う。
俺は、小蝶を好ましいと思っている。
また、今の直治どのの言に、妬心を抱かなかったといえば嘘になる。ゆえに、俺は小蝶を思っているのかとも思ったのだが……。
よくよく考えてみれば、これが懸想というものなのか、それがこの俺にもわからぬのだ。情けないことに、自分の心のことだというのにな。いつもそこにあるものだから、当たり前にそこにあるものと思い、それを奪われる悲しみなのかもしれぬ。だが、考えれば考えるほどその区別がつかぬのだ」
俺の言に、直治どの、目を瞬けさせながら俺の顔を窺う。
゜
「だがな、妬心を持って気がついた。
俺は棟梁なのだ。
狩野の派を保つためにも、また血筋を残すためにも、妻を選ぶことについて過ちは許されぬ。
懸想なのか、執着なのか、この違いを俺自身でわからぬのでは、これからも棟梁として生きていく以上、極めて由々しきことだと思う……。
おそらくはこの先、他のなにかに対しても譲れるものか譲れぬものか、このような見極めは求められようし……」
直治どの、俺の迷いを無言で頷く。
「直治どの、質問に質問で返し、それにさらに質問で返すことにはなるが……。
俺より四つ歳下ではあるが、直治どのは『これぞ恋だ』とわかるものなのか」
直治どの、その場で平伏した。
「恐れ入りました」
「どういうことだ」
俺には直治どのの平伏の真意がわからない。
「我が器は、源四郎様に及ばず。
私めも我が身を振り返れば、今のこの思いが執着なのか、恋なのかもわかりもうしませぬ。それなのに、派を率いることの覚悟もしきれぬまま、意味もわからぬまま、軽々しく派を立てたいなどと申し上げてまことに汗顔の至り(※2)。
そして、この直治、歳下の者に頓着なく今の下問をできる器はありませぬ。そして、それを聞かれたことにより、その自らの至らなさに気が付かされました」
そうか。
そういうことか。
だが、いくら早熟で策士の直治どのとは言え、齢十四ではわからなくて当然のことではないのかな、それは。
ただ逆に、そうでなければ齢十八の俺が救われぬ。
俺の歳では、妻帯していても不自然ではない。だが、今の俺は武家屋敷にせよ、寺社にせよ、女性を見る機会これなく、今のところ見合い話も父に止めてもらっている。
そういう意味では、俺と直治どのの歳の差は、俺が馬齢を重ねた証しでもあるのだが……。
「では、互いに恋というものがわからぬ者同士、このまま行くしかなかろうよ。
直治どの、小蝶を口説いてみるがいい。
小蝶にも、人生の新しい局面が見えるやもしれぬ。アレも生きるにあたり、迷いなき一本の道しか見えておらぬ。それが、間違いなく良いこととは一概には言えぬであろうという気がする。
その上で、小蝶がどちらを選ぼうと、恨みっこなしだ」
「参りました」
「参ることはない。
俺も学ばせてもらおう。
なにせ、お互いまだ、どうとでもやり直しが利く歳だしな」
そう言って俺は笑った。
直治どのも、初めて笑みらしいものを顔に浮かべる。
これは小蝶にとっても、この先どう生きるのか考える機会になろう。
その上で、「犬が懐くように」ではなく、また、「棟梁という立場に依る」でもなく、源四郎という俺に惚れてくれるのであれば、それこそが本物の絆ではなかろうかと思うのだ。
それこそ甘いと、父には呆れ笑われるではあろうが、の。
※1容喙 ・・・ 横から口を挟むこと
※2汗顔の至り ・・・恥ずかしい。
第14話 真桑瓜騒動
に続きます。
恋とは、立場でなく思われたいものですねぇ。




