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洛中楽Guys ー若き絵師たちの肝魂ー  作者: 林海
第四章 これも棟梁の仕事ぞ

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第12話 これは男と男の話ぞ


「ゆえに、直治どの」

 俺は話し続ける。


「父は土佐の血を引く小蝶のことを、まずは派の拡大の道具として見ておろう。

 だから、その目的に使えぬことがわかっていて、みすみす手放しはすまいよ」

 俺の言に、直治どの、動揺を隠せない。

 乾ききっているであろう口を開き、俺に反論してきた。

「それでは、あまりに、あまりに小蝶様が不憫では……」

「不憫ではなかろう。

 この戦乱の世、天命を全うできる者は少ない。いくさに出なくても、野盗に襲われたり飢饉で飢えたりと、日々命を永らえるだけでも大変ではないか。

 そもそも、それを言い出せば、直治どのの方が不憫。

 あまりに戦さで国が荒れているからと、生命の危険があるからと国を出て来られているではないか」

「いや、そのようなこと……」

 虚を突かれたのか、直治どのは落ち着きなくもぞもぞと座り直した。

 今までで見せたことがない姿だ。俺は、直治どのは動揺などせぬものと思っていたのだが……。


 おそらくは、自らが不憫と言われて、落ち着きをなくしているのであろう。武士の子が不憫という言葉に納得できるはずはないし、それに、不憫な者同士が夫婦になっても……、などと今さらに自分を省みているのやもしれぬ。



 俺は、それに構わず続ける。

「それに加えてだ。

 小蝶自身……、うちに来るまでは日々の糧にも困る、不幸な生い立ちがあった。それに比べれば、今は、な。

 あ、いや、だから今はこの上なく幸福だなどと言うつもりはない。

 だが小蝶は、自在に生きるのがおのれの幸せとは思うてはおるまいよ」

「では、棟梁に尽くすのが幸せと考えていると……」

 当然聞くよな、その疑問。


 小蝶の姿を見て、妹が兄に尽くしていると直治どのは思っていた。

 それが兄妹ではないとなれば、そこにあるのは男女の情か、この世の(しがらみ)かのどちらかだ。

 そして……。

 直治どのは、柵の方に賭けたのであろう。


 だが……。

 俺は小蝶の真意を知っている。

 小蝶が俺にすり寄ってきているのは、円滑に柵からの役目を果たすためだけではないことを、だ。ひょっとして、そう俺が思わされていることすら小蝶の深謀の結果だとすれば、それはそれで恐ろしくも頼もしくもある。

 とすれば、女とは凄まじき生き物としか言いようがない。



 なにはともあれ、直治どのの問いには答えねばならぬ。

 だが、ここで俺は一瞬と言えど、深く悩んだ。

 このまま立場で押して、直治どのに小蝶を諦めさせることはできよう。

 だが、それでは直治どのも諦めきれるものでもあるまいし、我ながら後味が良くない。


 直治どのは若輩ながら、間違いなく当代で五指に入る絵師だ。それに対し、騙し討ちも、立場で圧すのも、後々によろしくない尾を引く。これは、派を持つ棟梁絵師の商売とは話が異なる。俺は、派を持とうとする直治どのの妨害はするが、直治どのの才能や生き方、ましてや恋の妨害はせぬ。商売敵だとしても、個人的な恨みがあるはずもない。

 これは、「男に生まれたからには」の、矜持の問題だ。


 つまり、俺は直治どのに、「代々受け継いだものの有る無しで小蝶を取られた。人としては俺の方が上なのに……」などと思われるのは心外なのだ。

 特に、今の直治どのは、画才以外のなにものをも持ってはいない。十年後には当然異なっていようが、今は俺が持っているものに比べ、あまりに差がありすぎる。そして、今の俺が持っているものが代々の財であればこそ、そこに俺が俺として成し遂げてきた価値はない。

 なのに、棟梁として力押しすれば、俺は俺という男の鼎の軽重を問われることになる。



 さまざまに考えた末……。

 俺は居住まいを正して聞いた。

「直治どの。

 小蝶に対し、懸想(※)するなとは言わぬ。

 だが、今の小蝶の目にはたぶん、俺しか映ってはおらぬ。だが、狩野の家長として、仮にも妹となっている者に手は出せぬし出してもいない。

 また、それが小蝶がおのれの身を守るために、俺に見せているまやかしではないと言い切ることもできぬ。ただ、直治どのも思われるだろうが、小蝶はそのような女人(にょにん)でもなかろう。

 さて、これを直治どのはどうするつもりか」



※懸想 ・・・ 恋

第13話 俺の思い

に続きます。

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