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洛中楽Guys ー若き絵師たちの肝魂ー  作者: 林海
第四章 これも棟梁の仕事ぞ

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第10話 小蝶の闇

 

 俺が、小蝶がこの家を離れては生きられぬかもしれないと思うのには、もう一つの理由がある。

 俺は、小蝶に闇を見ているのだ。


 お(きゃん)でさばさばしているようでいて、小蝶の情念には深く暗い部分がある。おそらくは自分でもそこからは目を逸らし、さばさばと装っているのであろう。

 小蝶は、今でこそ俺の妹として居場所があるが、もともとは家族にはまったく恵まれずに育った。天真爛漫でいつづけられたはずがない。

 そして、その暗い部分が、小蝶に諦念を抱かせ続けている。

 自分に幸せが来るはずがない、と。


 俺が嫁を取るという話に、「二度とおそばへは寄りませぬ」と迷いなく言えてしまうのも、まずは現実が見えていないということではあろうが、さらにその理由とすれば、その心根に諦念があるからであろう。

 おそらくは、俺の見合い話が決まりでもすれば、密かに安堵するのだ。

「ああ、やっぱりこのようなことになった」と。


 この救いのなさに、本人は気がついていない。

 俺がそれに気がついたのは、松永の糞爺いが小蝶を欲しがったときだ。

 そのとき小蝶は、開口一番に「兄上、私、覚悟はできております」と口走りかけ、直治どのに(たしな)められたのだ。

 年頃の娘であれば、本来なら「嫌」の素振りや、そのひと言くらいあっても良かった。

 それを口に出すことがなかったのは、「やはり」という諦念の思いが強かったからなのであろう。


「狩野の家のために」と、純粋に考えたというのも有りするだろうが……。

 あのときは、気心許せる仲間の前だった。取り繕う必要はなかったのだ。

 だというのに、あまりに迷いがなく、早い応えだった。

 このような宿痾(しゅくあ)(※)、(たの)む先を失ったときに小蝶自身を滅ぼしかねまい。


 そして……。

 逆に、嫁にしないことではなく、嫁にすることを考えるならば……。

 元を(ただ)せば、小蝶は大和絵の土佐派棟梁、土佐光元の娘だ。絵師の家柄としては、一流中の一流と言える。

 そして、絵筆を握れば当代でも五指に入るであろう。

 さらに家宰もでき、器量もよい。

 狩野の家の嫁として、これ以上は望めぬであろう。


 ここまで考えて思うのは、結局、決めねばならないのは俺なのだ。

 嫁にするにせよ、せぬにせよ、俺が決め、俺が責任を取らねばならぬ。

 決断は、棟梁であり家長である俺がするしかないのだ。



 ただ、一つだけ決める前にしておくことがある。

 父に、小蝶を俺の妹として、狩野の家に入れたときの真意を聞いておきたい。

 父には父なりの目算があったはずなのだ。

 俺とて、その目算に忠実に従おうなどとは思ってもいない。だが、聞いておくことで、なにか俺の聞いていない事情を知ることができるかもしれぬ。

 

「小蝶、仕事に戻れ」

 俺は、そう言って立ち上がった。

 久しぶりに父に会いに行こう。

 父は、大徳寺に詰め切りで仏涅槃図を描いている。縦十九尺五寸、横十一尺六寸もある巨大なものだ。とはいえ、それもそろそろ完成の頃合いのはずだ。

 俺が話を聞くくらいの間ならば、絵筆を()いてくれるだろう。



 俺が後ろに小蝶を連れて部屋を出て、庭を一瞥し陽の光に目を細めていると、直治どのがこちらに向かって歩いてくるのに気がついた。

 顔色が悪い。目が血走っている。

 普段の、どこか達観したような知の働きが見られない。あまつさえ、握りしめた拳が震え、膝までが震えているようだ。


 訝しげな目を向ける俺に、いきなり直治どのは深々と頭を下げた。

「女中のおつるより聞きました。

 棟梁に是非にもお話があり申す」

「ああ」


 どういうことか、想像はつく。

 直治どのは、相変わらず狩野の派の中で最年少だ。それが最凶の女中と言われながらもその実は甘々のおつるの本能を刺激し、小蝶の縁談のことを話してしまったのであろう。

 直治どの、いきなりその場で這いつくばった。


 そこまでされれば、俺もしかるべき配慮をせねばならぬ。

「小蝶、仕事に戻りなさい」

 俺の言葉に、小蝶は一礼して歩み去る。


 小蝶が去ると、直治どのは額を床に擦り付けた。

「なにとぞ、なにとぞ……」

 直治どのはもう、俺を拝まんばかりだ。

「なにとぞ、とはどういう……」

「小蝶様に御縁談が来ていらしゃるとのこと。せめてもう二年いや、一年でよいので嫁に出さずにおいていただけないでしょうか。

 これ、このとおり」

 その姿を見て、俺は口から出かけたため息を噛み潰した。



※宿痾 ・・・ 慢性の病気

第11話 直治どのの思い

に続きます。

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