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洛中楽Guys ー若き絵師たちの肝魂ー  作者: 林海
第四章 これも棟梁の仕事ぞ

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第8話 縁談話


 そうこうしている間にも、京の町はざわめきの中で日々の生活を営んでいる。

 そして、またもや俺に難題が降り掛かってきた。人というものは、生きている限り、問題は尽きぬものなのかも知れぬ。


 小蝶に縁談が来たのだ。

 家長は父ではあるが、小蝶は工房の重要な画工でもある。当然、棟梁としての俺が判断しなければならぬ問題にもなる。

 相手先は、京でも有力な土倉の長男で、商売は手広い。あちこちの領主に、矢銭として金を貸しているほどだ。


 狩野の家が持っている寺社、武家との繋がりと、先方が繋がりを持っている領主、武家とを互いに紹介し口を利きあえば、共に顧客を倍にできるではないかという申し出だ。

 家のこと、派のことを考えるのであれば、たしかに悪い話ではない。

 商いは、結局はどれほど間口を広げられるかに掛かっているし、小蝶の腕は惜しいが、扇絵に限れば他の絵師で代替えが利かぬ訳でもない。


 だが、おそらく……。

 小蝶が先方を知らぬのは当然として、先方の長男も小蝶の顔は知るまい。

 小蝶は京の町の下絵を描くときも、左介なりが付いて守っていたし、市女笠に(むし)垂衣(たれぎぬ)(※)を被っていた。

 狩野の家は、町衆の中では名が通っているのだ。その娘が、顔を往来に晒して独りでうろうろと歩けるはずもない。

 あくまで互いの家のこと、そして、器量良しだという程度の噂のみで持ちかけてきた話であろう。


 飲むならば飲んだだけの利益がある話ではあるし、断ったとしても、どこかの領主を商売先として一つ二つ紹介してやれば、町衆同士としても義理は欠くまい。



 俺は悩んだ末、小蝶に話してみることにした。

 思えばこれが失敗だったのだが……。


「兄上様の命であれば、小蝶は嫁に行きます」

 即座にそう返されて、俺は早速に後悔した。

「小蝶、お前自身はどう思っているのだ」

「お聞きになる必要がありますでしょうか、その問いは」

 ……いや、ないな。

 それほど、小蝶の普段からの態度は明白だ。隙あらば俺にすり寄ってくるというのは昔から変わらない。


 だから、聞く必要はないのだろうが……。

「なくても、確認の必要はある。

 棟梁として、画工に生末(いくすえ)への考えを聞くは当然のこと」

 俺はそう返した。

「では、兄上様、同じような縁談が兄上様にも来られたら、兄上様はどうなされますか。

 釣り合う家の、年頃の娘との縁談が来ることもありましょう」

 ……そんなこと、急に言われてもわからぬ。


 俺に縁談が来る……。

 小蝶に聞かれるまで、そんなことを考えたこともなかった。

 だが、言われてみれば、たしかにそのとおりだ。狩野の力を使いたいから、娘とくっつけようという町衆がいてもおかしくはない。

 というより、考える者がいないわけがない。

 俺はこの数か月以上、絵筆を握ること以外には目が行ってない。小蝶の身の振り方のことは考えぬでもなかったが、自分のこととしてはまったく考えていなかった。

 だが、その問題がいきなり目の前に放り出されてきた感がある。


「兄上様には、好ましいと思われる女性(にょしょう)はいらっしゃらないのですか」

「考えたこともない」

「では、どのような女性がお好みでございますか」

「それは……」

 言いかけて、俺は口ごもる。


 欲を言えばきりがないが、絵筆をとって描いてみたいというほどの美しさがあればいうことはない。俺も男だから、そういう欲も人並みにある。

 もちろん、それが並外れて贅沢な望みだということもわかっているし、そもそも美にも好みがある。だから、まぁ、相手によっては、そう贅沢とも言えまい。

 例えば、信春が描きたいと言い出す美しい女とやらは、俺にとってはなんとも琴線に響かぬのだ。

 つまり、その逆だってあろうさ。

 

 俺が思う、美しい女とは……。

 と思うと、目の前の小蝶の姿が脳裏に浮かぶ。今、目の前にいるというのにだ。

 ということは、やはり小蝶なのだろうか。

 いや、この考えはよくない。

 小蝶にいいように操られている気がする。それに、俺もそう多くの女性を見ているわけでもない。絵師とはいえ、どのような美にも精通しているということはないし、俺自身は女性の美を語れるほどの経験はないのだ。



※市女笠に枲の垂衣 ・・・ このようなものです。https://dailyportalz.jp/kiji/social-distance-ichimegasa

第9話 花は枯れる

に続きます。

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