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洛中楽Guys ー若き絵師たちの肝魂ー  作者: 林海
第四章 これも棟梁の仕事ぞ

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第6話 これが京、そして洛中洛外図ぞ


 膨大な量となった下絵を元に、俺は描く。

 建物は様式があり、それに則って描けるからまだ良い。だが、京の人々は、どぎついまでに個性的で、その様式などに当て嵌めきれるものではない。

 それが思いもよらぬ苦労であり、楽しみでもある。



 清水寺の舞台から京の町を眺めている老若男女がいる。

 その高い舞台に至る道を、息を切らせながら登る者たちがいる。

 さらにその道へ続く五条橋を渡る者、その五条橋の下の夏の鴨川の岸辺を、女たちが集まってそぞろ歩いている。

 川の中には鵜飼いだけでなく、直接自分で鮎を掴まえようと奮闘をする者がいる。

 漁をしなくても、夏のことだから水遊びに興じる親子もいる。


 遊びといえば……。

 描きながら、遊びだけでも世にはこれほどの種類があるのかと思う。

 路地で羽子板をついて遊んでいる者たちがいる。

 相撲を取る者がいれば、それを見る者、囃す者がいる。

 弁慶石を持ち上げあって力比べをする者たちがいると思えば、綱引きで遊ぶ子どもたち、振々毬打(ぶりぶりぎっちょう)(※)で遊ぶ子どもたちがいる。

 子供の遊びは動きが速い。その瞬く間を捉えるあたり、小蝶の目は確かだ。

 それに、鶯合わせで鳴き声を競わせている武士や僧などもいて、貴賎を問わず人は遊ぶのだと思う。


 信春と直治どのの下絵をも見ると、大人も子供も、本当によく遊んでいる。

 遊ぶというのは、世が静謐でなければできぬことで、めでたいことではある。

 だが……。

 京の町のいたるところでこのように遊んでいる者がいるのか、信春と直治どの、小蝶が遊んでいる者を目ざとく見つけて描いたのかはわからぬ。


 日々の糧を得るために、遊ぶ間などないという者が多いのは予想がつく。

 だが、それでもなお、間を見つけて遊ぶのが人というものなのかもしれぬ。

 このようなことでも考え出せば、日が暮れるまで考えられてしまう。



 そして、描きながらあらためて気がつくのだが、京の町は美しい。

 北野天満宮の梅の花、鞍馬の桜、芽吹く柳、菖蒲、夏の鴨川、そして、紅葉狩りの者たちが紅葉の枝を担いで嵐山渡月橋を渡っている。そして、雪の金閣寺。門松を用意する者たち。

 紫宸殿では元旦の宴の舞楽が演じられている。

 雪も降れば風も吹き、花が咲けば日も照らす。

 花鳥風月の移り代わりを摑まえ描くのであれば、直治どのに一日の長がある。最年少であったとしても、だ。

 その筆で紙の上に写された、京の町を流れる季節はことさらに美しい。


 その中で、人々は信心をし、働いている。

 寺では僧侶がお勤めをしているし、因幡堂(いなばどう)盂蘭盆会(うらぼんえ)の精霊迎えに行く者もいれば、(かね)を叩く者たちがいる。ぱあでれが辻説法すれば、その話を熱心に聞く者たちがいる。

 揃いの支度で念仏踊りの一群がいると思えば、念仏狂言で顔を赤く塗った閻魔役が舞台で目を剥いている。

 お火焚(ひたき)で、松の薪で神の依代の笹を燃やしている家があれば、こともあろか尻を剥き出してその火で温まって子供がいる。

 御霊会の行列が行けば、それを拝む者もいる。

 これほど京の都には、祈りというものがあったのかと思う。



 それに加えて、圧倒的に多いのは働いている人々だ。

 まずは職人衆、農民。

 こけら葺きの屋根の修理をしている大工がいる。大工のまわりには、一緒に屋根を葺く者に屋根材を運ぶ者、はしごを登っている者もいる。

 染物屋では染師が布を染めて干し、結桶師が桶の箍を締めている。鋏や剃刀の看板を上げている髪結床があれば、牛を飼う者もいる。

 夫婦で種を蒔く農民がいれば、鍬を担いで道を行く者もいるし、麦が刈られれば、稲も刈られている。京の都には、耕すことを生業にする者も(こと)のほか多いのだ。


 次に、商いをしている者たち。

 馬の背に積まれた米が運び込まれ、下ろされ小分けされたものを買う客が絶えない米屋。男女の良縁を得るための御札を売る懸想文(けそうぶみ)売り、桂女、手傀儡(てくぐつ)の人形師と、その後を追う女の童。

 祈祷の依頼を待つ山伏に、かわらけを担ぐ振り売り。菜や瓜を売る者もいる。


 そういった商いの中で、俺も下絵なしにいきなり描けるものがある。

 狩野の扇屋だ。これまた当然のように、店は賑わっている。自分の関係する店を描くのだ。いくらか盛ったとしても良いではないか。




※振々毬打 ・・・ 毬を打ち合うホッケーのような遊び

あとがき

お読みいただきありがとうございます。


米沢市の上杉博物館にある、狩野永徳の洛中洛外図屏風、素晴らしいですよねー。そこに描かれているたくさんのものを列挙していくだけで2話です。


次話、

第7話 これが京、そして洛中洛外図ぞ 承前

に続きます。

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