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洛中楽Guys ー若き絵師たちの肝魂ー  作者: 林海
第四章 これも棟梁の仕事ぞ

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第5話 今はまだ、思いは汲めぬっ


 ただ、それはそれとして……。

 小蝶のことだ。

 差し出せと言われなくなったからといって、その身の振り方を考えなくてよいということにはならぬ。

 小蝶も(よわい)十六、そろそろ嫁に出すのに良い歳だ。

 嫁に出してしまえば、一番後腐れがない。

 再び三好殿、松永殿が力を取り戻したとしても、嫁に出した女を寄越せとは言わぬであろう。


 小蝶の俺に対する思いは察しているが、そのまま俺の嫁になどというわけにはいかぬ。

 ……いかぬであろうよ、たぶん。


 このあたり、とつおいつ考えた末に、いつも先延ばしという結論になってしまうのだ。あまり考えたくないというのが本音だというのは自覚している。

 つまり、俺は逃げている。情と現実の間に横たわる、深く広い溝からだ。



 この二年で、小蝶はぐっと女らしくなった。

 髪はしっとりと黒く長く、切れ長の眼は青みがかったように美しい。

 相変わらず、信春や直治どのも頭が上がらぬほどの(きゃん)ではあるが、直治どのなど自ら負けに行っているとしか思えぬ。また、時折見せるたおやかな様には、信春でさえもほいほいと言うことを聞く。


挿絵(By みてみん)



 年頃の女の凄みというものを、俺は今生初めて思い知っている。

 天下一の絵師とも言われるこの俺が、絵筆を持ってその姿を描きたいと思うほどに、だ。

 だが、俺の筆の跡は、よほどに気をつけないと誰かに見られるし、残されてもしまう。

 その結果として、狩野の棟梁が女絵ならまだしも、偃息図(えんそくず)(※)を描いたなどと誤解されてはたまらぬ。

 なかなかこれで、好きなものを好きなように描くというのは難しい。


 ……横道にそれた。

 ともかく、一度は妹という建前で家に入れた者を、棟梁である兄が手を付けたというのはあまりに外聞が悪い。小蝶が美しいということが、さらに悪評に尾ひれを付けよう。

 表向きは同父異母の妹なのだから、「犬猫にも劣る鬼畜の所業」と噂されかねないのだ。


 小蝶がさらにもう一年歳を重ねる間には、俺も結論を出さねばならぬ。

 嫁に出すのなら、年増になる前に嫁がせてやらねば、嫁ぎ先で小蝶の肩身が狭かろう。

 逆に、狩野の家に留めおくのであれば、俺には覚悟が、そして周りには納得させるだけの言い訳が必要となる。


 つまり、小蝶自身の思いについては……。

 気がつかぬ振りを、まだしばらくは続けねばなるまい。

 俺に父を説得できるだけの話の筋と覚悟がなければ、上手くはいかぬのはわかっている。

 父が、父なりに考えを持っているのは知っている。だがそれに任せたら、棟梁の名が泣く。自ら、なにかしらの手は考え出さねばならぬのだ。

 情など、父には通用せぬ。

 その話の筋が組み立てられるまでは、俺にも小蝶の思いは汲めぬのだ。

 そう、小蝶本人のためにも、だ。




 そして、さらにその三ヶ月後。

 夏にもなろうかという頃、ついに関白様がご帰京なされた。

 ついに、上杉殿への失望が期待を上回ったのだろう。名も前嗣から前久に変えられ、花押をも公家のものから武家に代えられたというのに、すべてが巧くいかなかったのだ。


 信春と直治どのが遠足(とおあし)に出る前に、武蔵国における上杉方の松山城は落城していた。

 越後から冬のさなか、関東に出るのは至難の(わざ)。上杉殿、援軍を出すのには相当の苦労をされたらしい。だが、それも間に合わなかったとのだ。


 それは逆も言える。

 冬の越後に関東から攻め込むのは難しい。

 上杉殿は、関東管領の名だけ取ればよかったのだ。そうしておられれば、今頃京の都には上杉殿の家紋、「竹に二羽飛び雀」の入った旗印が翻っていたであろう。

 直治どのの知恵を借りなくても、そのくらいは俺でもわかる。


 関白様にはまことにお気の毒ながら……。

 これで京の都は、俺が十歳の頃の旧に復したと言ってよい。

 ただ、大きく違うのは三好殿の権勢が同じでも、あのときは昇り坂、今は下り坂ということだ。

 俺たちは、松永殿にさえ気をつけていれば、さらに絵筆を持つことに集中していくことができるだろう。

 まことに喜ばしいことだ。


 だが、三好殿の次が誰になるのか。

 それだけは考え、見極めておかねばならぬ。京の町衆たちも、皆同じ思いであろう。

 良き武将に肩入れし、京の静謐を守ってもらわねばならぬのだ。



※偃息図 ・・・ 危な絵、江戸時代ころからは春画とも。

第6話 これが京、そして洛中洛外図ぞ

に続きます。


挿絵は花月夜れん@kagetuya_ren 様からFAをいただいてます。感謝!

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