第4話 再来の三好殿顛末
だが、そのような絵師として充実し、安心できた日々は、たった三ヶ月足らずで終わりを告げ……、かけた。
教興寺畷において再び三好軍が大勝し、たった一日畠山軍は潰走し、六角殿も降伏された。
再び京は三好殿と松永殿の支配の下に入り、俺も他の町衆と同じように油断のならぬ日々が続くと一度は覚悟した。
だが、前とは大きく状勢が異なり、その覚悟はほぼ不要なものとなったのだ。
それは、今でこそ再び三好軍が京にいるものの、その命運は尽きたと衆目が一致していたからなのだ。戦いの勝敗は運だ。だが、そこに至るまでは、日常の積み重ねである。その積み重ねで、三好軍はすでに行き詰まっている。
俺を含め、町衆たちは自分たちがやったことをよく理解していた。
将軍様も、今は三好殿の一党と共に考動しているものの、近いうちに自由を取り戻されるだろう。
京の町は変わらぬ。
権力を持って支配する者がどのように来たりて去っていこうとも、八百年にもなろうとする国の都であるという事実は動かぬ。
そして、町衆はそこに在り続ける。
遷都以外、在り続けることを阻害するものはない。つまり、実は恐れるものはないのだ。町衆の一人二人は酷い目に合うことになるやもしれぬ。その一人二人にさえならなければよいのだ。
ゆえに、京の町衆たちは、半ば公然と反旗を翻している。
以前とは異なり、注文や献上について、素直には受け付けなくなっていたのだ。
「うちらではとてもではあらしまへんが、贅沢なもん食べ尽くしておられる方の御用はおつとめはしきれまへん」
「四国の魚はうまいと聞いたで。
海から遠い京の魚などやめときよし」
このような状態で、三好殿の料理人が市でなにも買えぬまま、途方に暮れていたという話も伝わってきた。
少し前には、御成の膳のために、食物を扱う町衆たちが走り回っていたことが信じられぬほどの為体である。
町衆は、軍勢などは持っていない。
だが、だからといって無力ではない。
京の都のものの生産と流れは、町衆が支配しているのだ。
その町衆が堺の会合衆と組んで反旗を翻せば、まともに軍を維持することなどとてもできぬ。
兵糧の値は倍、刀槍の値も倍。鉛と弾薬の値は四倍。
このようになるだけで、京になどいられなくなる。
実際、毎年毎年寒さが厳しくなる中で、豊作は遠く米も菜も値は上る一方なのだ。それは、等しく誰もが感じていることなので、値上げのための言い訳だとしても、値切りの話は為難かった。
結果的に三好家中の者たちは強奪と言えるような買い方を始め、それがさらに三好殿の評判を落とした。
京の都は昔から野盗の類いが多く、いずれかの軍勢がいてくれた方が都合が良い。
だが、あくまで「いずれかの」でよいのだ。京の町は、不十分ながら「いずれかの」を選ぶ力がある。
野盗と変わらなくなった軍勢であれば、ますます早めに代わってもらえればよい。
この三好殿に対する町衆からの干し上げは、さらに別の結果を生んだ。
兵糧はまだしも、三好殿が口にする良い食材については手に入らぬでは済まぬ。仕方なく松永殿が自らの領地から菜などを運びこんだものの、これが結果的に三好殿と松永殿の間の溝を深めた。
誰かに食を支配されるというのは恐ろしいことだ。疑心暗鬼が止まらない。
ここのところ、三好殿どころか嫡男、義興殿の体調までがすぐれぬこともあって、毒を盛ったの、盛らないの、そんな話にもなったらしい。
まぁ、実際に盛られてはいるのだが……。
人は疑いたい相手を疑うのだ。
松永殿は、疑われるに相応しいお人であった。これは、自業自得というものであろう。
ともかく、そのような中で、狩野の家に対して三好殿も松永殿も、再び「小蝶を差し出せ」などと言えるはずもない。自らの家中の騒ぎに掛かりきりだというのに、将軍様との仲、天子様との仲もよろしくはない。町衆とも上手くいっていない。
その四面楚歌の中、さらに厄介事を自ら抱え込もうとするほどの余裕があるはずもない。
俺とて気を抜くつもりはないが、もうしばらくは画業に専念できるというものだ。
第5話 今はまだ、思いは汲めぬっ
に続きます。




