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洛中楽Guys ー若き絵師たちの肝魂ー  作者: 林海
第三章 如何にしても意は通すものぞ

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第20話 貝吹山城


 月の細い夜の物見は恐ろしい。

 夜襲の可能性が最も高いからだ。

 新月のときは如何に工夫をしても同士討ちが避けられず、満月のときは事前の発見が容易だ。だから襲われる危険は比較的少ない。

 だが、今日は新月まであと四日、月は細いが光はある。夜襲日和とさえ言ってよい。


 ただ救いとなるのは、ここは周囲に比べていくらかでも高さがある。もともとの古墳であり、今は貝吹山城と呼ばれている場所だからだ。

 ここには、三好の軍勢、約七千が陣取っている。

 そして、南西を流れる春木川の対岸には、六角軍と同盟を結んでいる畠山軍が陣取っている。


 すでに、膠着状態は七ヶ月に及び、「このまま何事もなくお互いに陣を引くことができれば」と夢を見る者が増えてくる頃合いであった。

 物見の者たちは、体の底に溜まっている疲れを無視し、暗い湿地帯を見渡し続ける。


「あれを御覧じろ」

 ふいに一人が声を立てる。

 それを聞いたもう一人の者も目を凝らす。

 確かに、今、光が瞬いた。稲光かと思う瞬きであった。もう一度稲光があれば詳細が見えるのに、という願いは即座にかなえられた。


「報告っ」

「夜襲かっ」

「いえ、ただ、その恐れ無視できず」

「どういうことかっ」

 聞いたのは、この軍の大将、三好実休(じっきゅう)である。

 深夜に叩き起こされたにもかかわらず、その双眸は冴えていた。さすがは三好の惣領の弟である。

 それでも要領を得ていない物見の報告は、すぐには理解できなかった。そもそもが「夜襲っ」という報告ではないのだから当然のことだ。


「武者の姿を確認。我が方には近寄っては来じ。畠山への援軍と見ます」

「旗印は見えたのか。

 して、その数はどれほどか」

「織田木瓜の(のぼり)あり。

 数については、夜のことゆえ確認しきれず。ただ、その数三十は下らず。

 また、数騎の騎馬武者の姿も見えり」

「確認の物見は出したか」

「葦茂る川辺ゆえ、物見を出しても追いつけるかわからず……」

 それはそうだ。すぐに三好実休は物見の者たちの言うことを理解した。


 こちらから出した物見が葦をかき分け四半刻進む間には、織田の武者たちは去ってしまう。また、その足跡を確認するためには松明を灯していかねばならず、これでは物見にならぬ。なったとしても、殺されて終わり、報告もできぬ。

 かといって、このために人数を揃えて出陣するのは益なく危険しかない。これが罠なら、全滅すら有り得うるのだ。


「夜陰に潜んで密かに陣を厚くし、明日にでも攻め入ってくるつもりか」

「おそれながらっ」

 実休と物見の話に割り込んだのは、三好盛政。実休の前衛を守る武将である。


「物見に見えたということは、畠山の陣よりこちら側にいたということになろうかと存ずる。

 合戦中ならともかく、援軍が彼我の間を通ることなどありましょうや」

 確かにありえないことだ。

 だが、実休は考えを巡らせる。


「わしも通常であれば、盛政と同じように考えようが……。

 また、通常の援軍であれば、起きていることは一つと考えられようが……」

「ということは、どのようなことがあるとお考えか」

「東から来たりて、道に迷えば久米田池に行き当たる。それを迂回すれば、このような結果になるのは必然と言える。

 だが……、問題はそちらではない。

 尾張の織田は、あの今川を討ち取った奇策、詭道の使い手よ。なにを仕掛けてくるかわからぬ。その策の一つという可能性は捨てきれぬ」

「なれど……」

「こちらが闇夜に兵を出せば、罠を敷いて追い込んでくるが必定。そのようないくさに無駄な兵は割けぬ」

「……確かに」

 そこまで自らの判断を説明して、実休は黙り込んで次の考えを巡らせた。


「貝吹山城から引きずり出されるは愚の骨頂。とはいえ、それは今夜の間に限られたことではないか。

 明日早朝出陣し、野戦にて一気にかたをつける。

 周囲は平地、野戦であればどのような小細工もできぬ。織田の援軍も大軍と言える規模ではないはずゆえ、兵の多寡(たか)も今ならこちらが有利。我が軍は後詰めとして貝吹山城が使えるからな。

 また、明日早朝ならば織田軍も行軍の疲れが残っておろうし、編成に組み込まれておらぬ遊兵、すなわち死に駒じゃ。その隙を突く。

 よいなっ」

「はっ」

「盛政に命ず。前衛篠原長房隊、三好康長隊、三好政康隊にもこの旨を伝えよ」

「承知っ」

「夜明けとともに準備し、辰の刻(午前8時ごろ)には攻めかかることとする。

 くれぐれも抜かるなっ」

「承知っ」


 この判断は拙速なものであるのは自覚している。だが、「それでも」と実休は思う。

 兵道は拙速を尊ばねばならぬときがあるのだ。

第21話 拙速合戦

に続きます。

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