第20話 貝吹山城
月の細い夜の物見は恐ろしい。
夜襲の可能性が最も高いからだ。
新月のときは如何に工夫をしても同士討ちが避けられず、満月のときは事前の発見が容易だ。だから襲われる危険は比較的少ない。
だが、今日は新月まであと四日、月は細いが光はある。夜襲日和とさえ言ってよい。
ただ救いとなるのは、ここは周囲に比べていくらかでも高さがある。もともとの古墳であり、今は貝吹山城と呼ばれている場所だからだ。
ここには、三好の軍勢、約七千が陣取っている。
そして、南西を流れる春木川の対岸には、六角軍と同盟を結んでいる畠山軍が陣取っている。
すでに、膠着状態は七ヶ月に及び、「このまま何事もなくお互いに陣を引くことができれば」と夢を見る者が増えてくる頃合いであった。
物見の者たちは、体の底に溜まっている疲れを無視し、暗い湿地帯を見渡し続ける。
「あれを御覧じろ」
ふいに一人が声を立てる。
それを聞いたもう一人の者も目を凝らす。
確かに、今、光が瞬いた。稲光かと思う瞬きであった。もう一度稲光があれば詳細が見えるのに、という願いは即座にかなえられた。
「報告っ」
「夜襲かっ」
「いえ、ただ、その恐れ無視できず」
「どういうことかっ」
聞いたのは、この軍の大将、三好実休である。
深夜に叩き起こされたにもかかわらず、その双眸は冴えていた。さすがは三好の惣領の弟である。
それでも要領を得ていない物見の報告は、すぐには理解できなかった。そもそもが「夜襲っ」という報告ではないのだから当然のことだ。
「武者の姿を確認。我が方には近寄っては来じ。畠山への援軍と見ます」
「旗印は見えたのか。
して、その数はどれほどか」
「織田木瓜の幟あり。
数については、夜のことゆえ確認しきれず。ただ、その数三十は下らず。
また、数騎の騎馬武者の姿も見えり」
「確認の物見は出したか」
「葦茂る川辺ゆえ、物見を出しても追いつけるかわからず……」
それはそうだ。すぐに三好実休は物見の者たちの言うことを理解した。
こちらから出した物見が葦をかき分け四半刻進む間には、織田の武者たちは去ってしまう。また、その足跡を確認するためには松明を灯していかねばならず、これでは物見にならぬ。なったとしても、殺されて終わり、報告もできぬ。
かといって、このために人数を揃えて出陣するのは益なく危険しかない。これが罠なら、全滅すら有り得うるのだ。
「夜陰に潜んで密かに陣を厚くし、明日にでも攻め入ってくるつもりか」
「おそれながらっ」
実休と物見の話に割り込んだのは、三好盛政。実休の前衛を守る武将である。
「物見に見えたということは、畠山の陣よりこちら側にいたということになろうかと存ずる。
合戦中ならともかく、援軍が彼我の間を通ることなどありましょうや」
確かにありえないことだ。
だが、実休は考えを巡らせる。
「わしも通常であれば、盛政と同じように考えようが……。
また、通常の援軍であれば、起きていることは一つと考えられようが……」
「ということは、どのようなことがあるとお考えか」
「東から来たりて、道に迷えば久米田池に行き当たる。それを迂回すれば、このような結果になるのは必然と言える。
だが……、問題はそちらではない。
尾張の織田は、あの今川を討ち取った奇策、詭道の使い手よ。なにを仕掛けてくるかわからぬ。その策の一つという可能性は捨てきれぬ」
「なれど……」
「こちらが闇夜に兵を出せば、罠を敷いて追い込んでくるが必定。そのようないくさに無駄な兵は割けぬ」
「……確かに」
そこまで自らの判断を説明して、実休は黙り込んで次の考えを巡らせた。
「貝吹山城から引きずり出されるは愚の骨頂。とはいえ、それは今夜の間に限られたことではないか。
明日早朝出陣し、野戦にて一気にかたをつける。
周囲は平地、野戦であればどのような小細工もできぬ。織田の援軍も大軍と言える規模ではないはずゆえ、兵の多寡も今ならこちらが有利。我が軍は後詰めとして貝吹山城が使えるからな。
また、明日早朝ならば織田軍も行軍の疲れが残っておろうし、編成に組み込まれておらぬ遊兵、すなわち死に駒じゃ。その隙を突く。
よいなっ」
「はっ」
「盛政に命ず。前衛篠原長房隊、三好康長隊、三好政康隊にもこの旨を伝えよ」
「承知っ」
「夜明けとともに準備し、辰の刻(午前8時ごろ)には攻めかかることとする。
くれぐれも抜かるなっ」
「承知っ」
この判断は拙速なものであるのは自覚している。だが、「それでも」と実休は思う。
兵道は拙速を尊ばねばならぬときがあるのだ。
第21話 拙速合戦
に続きます。




