第19話 強行
信春と直治は荷物を背負い、夜昼を徹して京から大阪に向けて歩いていた。
疲れ果ててはいるが、この無理があとで効いてくるのだ。
京から大阪の町を抜け、久米田まで。
直線でも十二里はある。
これを休みなしで重い荷物を担いで歩くのは、上洛のために旅をした経験がある二人でもきつい。
京を出てしまえば、物売りの数もぐんと減る。七分搗き米の握り飯は数を持ってきていたが、最初の夜の間に食べ尽くしていた。
大阪の町は小さく、ぬかるみに囲まれたような場所で、物売りの数も多くはない。
また、あまり人目につきたくもない。
とはいえ、どうにも空腹に耐えかねて物売りの固くなった不味い団子を買い占めたものの、それも程なく食べ尽くした。
ついに信春は紙子の袖を引き裂き、口に運ぶ。
和紙は直接食べられるものではないが、それでもネリと呼ばれるトロロアオイの汁が含まれている。噛んでいるとそれが溶け出してくるので、唾に混じったそれを飲み込む。また、ほのかな塩味も付いている。
旨いものではないし、空腹も満たせないが、それでも口に何かが入っているのは救いだった。
通常は柿渋で染め固める紙子を、薄墨で染めたのはこのことも考えていたからなのだ。袖のほのかな塩は、一緒に染み込ませた味噌に由来している。
今日明日と、雨は降らぬ。
降ったら謀は出来ぬ。降らぬようにひたすら祈っていたのが天に通じて、今のところ雨の気配はない。だから、雨を通してしまう薄墨染めでも構わぬのだ。
そして、月は細い。
今晩はまだしも、明日の帰り道は糸のように細い月の闇夜を歩くことになる。
決行がこの日なのも意味があるのだ。
大阪を出てさらに南下し、堺近くで大量の握り飯を受け取る。
これは狩野の棟梁に言われていたことなので、警戒もせずに口に運ぶ。中身に味噌で和えた焼いた鳥の肉が入っていて、握り飯を食い飽きていた信春と直治は救われたような気になった。
歩を進めるごとに、足元の湿り気は水たまりとなり池となった。ぐすぐすの湿地帯を足を濡らしながら歩き続け、ようやく夕闇の彼方にこんもりとした丘が見えだしてきた。
ようやく着いたのだ。
この丘は、貝吹山城。三好軍が陣を敷いている。本来なら、間違っても近づいてはならぬ場所だ。
ここへ来て、直治が信春を先導する。
直治は、絵図面から目的の場所に迷わずにたどり着く能力を持っている。それが闇夜であっても、だ。
直治は城主の子である。一軍を率いる立場になるやもしれぬ。そのときに、初めて足を踏み入れる合戦場で、一軍もろとも道に迷っていたら話にならぬ。だから、直治はそのような調練の経験もあったのだ。
直治の足取りが慎重になったのに比べ、このような場でも信春は平然と歩を進める。
おのれの描いたものにも、なんの疑問も持っていない信春は、おのれの歩にも迷いがない。天賦の才とは、蛮勇と紙一重なのかと思わせるものがある。
直治の歩みがさらに遅くなった。
それに耐えきれなくなって追い越そうとする信春を、直治は腕を掴んで止めた。
「物見の者が出ているやもしれませぬ。
出くわすとあとが面倒」
小声での早口に、闇夜でも信春の驚きが伝わってくる。おのれの歩く先はわかっていても、戦場での慣らいを信春はやはり知らない。それがあまりに当然というものであってもだ。
直治はゆっくりと歩き続け、西から貝吹山城を回り込んでいく。
東側は、巨大な溜め池があり、進退に窮してしまうからだ。
すぐに、川にぶつかった。
「この川沿いで」
「渡らんのか?」
「退路を失いかねません。
それに、荷が濡れると……」
「わかった」
信春は素直に頷く。
やはり、暗闇の中、このような物騒な場所にいるのは怖いからというのがあるにせよ、それ以上に直治のことを信用しているのだ。
川原も葦の生えているところは隠れる場所に困らない。また、水音が話声も打ち消してくれる。物見の者に出くわす心配はあるが、それらのお陰でそうは見つからないだろう。
その葦と、狩野の源四郎の作った竹ひご細工を使って、信春は背中に背負ってきた大判の絵の束を広げ、立てていく。
そして、この描くのに使われた墨も、信春の案による細工があった。
紙は、片面は墨で塗りつぶしてある。
したがって、丘の反対側の畠山・六角軍からはこの紙はまったく見えない、
もう片方の面は雲母紙なので、光源によって照らしあげられたように三好の陣からはよく見えることだろう。
直治も信春と同じく、大判の紙を立ち上げていく。
これも同じく、片面は墨で塗りつぶされている。
さらに、直治は唐人から買った黒い粉を地面の上に筋状に撒き、準備は整った。
第20話 貝吹山城
に続きます。




