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洛中楽Guys ー若き絵師たちの肝魂ー  作者: 林海
第三章 如何にしても意は通すものぞ

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第18話 閑話休題 小蝶



 頭が優しく持ち上げられ、頬の下に布が挟み込まれた感触がある。

 さらに身体になにかを掛けられた。汗で湿った身体を冷やさぬようにと、兄上様が重ねて気遣ってくださったのだ。


 普段から関心がないように振る舞われ、あまつさえ近寄れば避けられる。

 なのに、ときおり見せる兄上様のこの優しさはなんなのだろう。


 自分の体の半分もあるような版木を刷り続けて、三日三晩。

 全身の肉という肉を使い、汗だくとならねばこのような大きな版木は刷れぬものだ。

 爪の間にまで墨は入り込み、とてもお見せできるような手ではない。

 きっと、兄上様からは今まで以上に嫌われる。それでも、あまりの疲労感に身体が動かない。


 信春殿も、直治殿も、この三日間、ひたすらに雄渾(ゆうこん)に筆を動かし続けられていた。

 このような絵は描きたくとも私の中にはない。同じ動物であっても、花鳥と武士の乗った馬は別物なのだ。

 なので、版木を刷る役目を買って出たのだが、これほど厳しい仕事とは思ってもみなかった。


 わかってはいる。そう、私にはわかっているのだ。

 本来ならば、この身で済むことであれば松永様のところへ行かねばならなかった。

 死して逃げても、狩野の家名に傷をつけることになる。

 実の父があてにならぬゆえに、狩野の父が私を拾ってくださった。その御恩に報いるためには、本当ならばそれしか道は無かった。


 なのに私がそうしなかったのは、兄上様が気まぐれにみせる優しさに、一縷(いちる)の希望を抱いてしまったからだ。

 この家に来て初めてお会いしたとき、兄上様は目すら合わせようとされなかった。それでも筆を通して少しずつわかり合うことができ、いつの間にか私は兄上様を他の誰にも渡したくないと思うようになった。

 兄上様はお優しい。どこまでもお優しい。棟梁となって、その優しさを隠そうとなされているのに、隠しても隠しても隠しきれていない。

 私の思慕は、日ごとに厚く、また熱くなっていった。でも、これこそは隠さねばならない。


 兄上様、今は甘えさせてくださいませ。

 今回の(はかりごと)、上手く行かぬようであれば小蝶は自ら松永殿のお屋敷に参ります。

 ですから、せめて今は……。


第19話 強行

に続きます。

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