第17話 閑話休題 直治
いくさ場には、子供の頃から無縁ではなかった。
国が荒れていると、いくさ場はいつも生活の場に極めて近いものだ。さすがに元服前の身ではいくさ場に出ることはなかったが、いつも遊んでいた場所がそうなることはあった。
大根のように手足が散らばり落ちている風景は、見知った場所だけに現実味がなく、また別に意味ではより現実味が増していた。
そんななかで、否応なく将来への覚悟はさせられていたと思う。自分もいくさ場の中で策に酔い、戦いに酔い、血に酔って生きていくものだと思っていた。そして、いつの日にか、因果応報により首を掻き取られる日が来る、と。
転機が訪れたのは、直治が八歳のときだった。
古典、論語の師が、直治が戯れに描いた落書きを見て顔色を変えた。
そして、父と短い時間を話し……、その詳細も知らされないまま上洛が決まったのだ。
京の都にいて、元服した今ならわかる。
あまりに荒れた国の城主の生命はすこぶる軽い。勝って失わずに済み、負ければすべてを失う。みずからの生命に相当するなにかなど、勝ってすら得られるはずもない。
そして、それに連座する子息の生命はさらに軽い。人質になど出されたら、殺されるために生きていくことになる。生命とは重要なものなのに、いや、だからこそ軽いのだ。
その軽いままに息子の生命が失われてしまわぬよう、父は計らったのだ。
次期城主としては、正妻の長男がいる。
直治からすれば、過酷な人生を運命付けられた弟だ。だが、国を出るまで、それを可哀想と思う感性はなかったように思う。やはり武士の子なのだから、それを生き抜いてこそ、なのだ。
だが……。
その弟が死んでも、妾腹の息子には生き延びて欲しい。
これは、父の悲願と言える。本当なら、逆が良かったかもしれぬが、武家としてはそれもままならなかったに違いない。
絵師は僧籍と馴染みが良い。現に狩野の棟梁の祖父は、僧の位である法眼を得ている。これは、寺社の障壁画を描き続けた結果ではあるが、半僧半俗と見られればより生き延びやすくなる。
その一方で、僧と違い寺に縛られない。古典、論語の師と父はそこまで考えていただろう。
そして、絵師はだれとでも会える。もちろん権門勢家にもだ。こういう立場に対する一族の期待も十分にわかっている。
だがその自分が、唐人から仕入れた荷物とともに、いくさ場とも言える場所に足を踏み入れることになるとは。
親不孝の極みと言われれば反論はできぬ。だがそれでも直治にとってはなにもせぬという選択肢はなかったのだ。
それには直治なりの理由がある。
上洛し、一定の庇護を与えてくれている狩野の家には恩義を感じている。
それだけでなく、上洛して源四郎という当代の棟梁殿の描くものを見て、単純に負けたと思ったのだ。
世間は広い。
国許では、自分に並ぶ者はなく、簡単に天下一の絵師になれると信じていた。
だが上洛してみれば、狩野の棟梁殿とその妹殿にも、七尾から来た信春にも敵わない。それでも最初は、最年少なのだから歳と共に追いつき追い越せると思っていた。だが、同じ歳になるまで年月と研鑽を重ねても、技と円熟味は増すだろうが、才のほとばしりが増すことはもはやありえぬ。
その才気の塊のような者たちと一緒にいられるのであれば、このくらいの謀は、「当然のこと」として加わることができる。本当ならば、触らぬ神に祟りなしと逃げの一手こそが良かったのではあろう。だが、負け戦に加勢してこそ見返りは大きいのだ。
ただ、あえて言うならば、絵以外はいろいろと破綻した人たちだとは思っている。
信春は浮世離れしすぎていてわけがわからない。あれでどうして生きて行けているのか、直治にはさっぱりわからないのだ。
絵の才があるのはわかるが、それは安泰に生きていける保証とは別の話のはずだ。なのに、どれほど奔放に暮らしても、信春は飢えることがない。懐に残っている銭を、絵を描く紙のために最後の一枚まで使い切ってしまうようなことを平気でする。それなのに、次の飯時には誰かしらが銭を出してくれるのだから、自分から見たら別世界の生き物にしか見えない。
狩野の棟梁殿も、絵と派のことについて以外はほとんど眼中にない。
能力がないわけではない。
世の動きを読むことについて当を得た助言をいくつかしたのみで、みるみるうちに自ら考え、策を練るようになった。だが、日々の生活という能力については使われることがないので、欠落したままなのだ。
おそらくは妹殿の細々とした日々の気遣いがなかったら、棟梁殿は途端に日々の生活にも困るのではないか。
上位の方たちに会うための衣はまだいいとしても、食と住は妹殿に完全に頼りきりだ。そして、それにまったく気がついていない。
やはり、棟梁の家に生まれ育ち、絵に関わることのみを考えれば良いということなのだろうか。
そして……。
その棟梁の妹殿は、絵の才がある上に狩野の家宰役まで司っている。
最初は女だてらにと非難もされたであろうが、今となっては妹殿がいなければ工房すらも回っていかぬ。
その姿は、直治からは自分の二つ歳上の神女だった。密かに姉かと慕ってもいるのに、それが物のように巻き上げられるというのは許せなかった。
なんとしても、松永などに渡すわけにはいかない。だが、今の自分の立場では、それを一番の動機と言うこともできなかった。
第18話 閑話休題 小蝶
に続きます。




