第16話 閑話休題 信春
信春の背に担がれている、束ねられた紙は量の割りにかなり重い。
なんといっても、なかなか市中に出回らない大判の雲母紙なのだ。本来、短冊や経典などで使われる紙であるし、きわめて高価ゆえになかなかお目にかかれない。
だが、それを在庫として量を持っているあたり、やはり日本一よと謳われる狩野だからできることであろう。
だが、信春にとって、狩野などいつかおのれの足元にひれ伏させる相手に過ぎない。
絵師にとって、一番必要なものは才である。これがなくては始まらぬ。そして、これさえあれば、他に必要なものはないと信春は信じている。
狩野の源四郎は、若くして棟梁に納まるだけあって、その才は恐るべきものがあった。だが信春は、たとえ紙一枚分でも、自分の才は源四郎の上を行くと思っている。
これから10年の間には、互いの立場は逆転していよう。
派を守るために汲々として、才の無駄遣いを繰り返している源四郎の後塵を、いつまでも浴びているわけにはいかぬのだ。
とはいえ、今は源四郎に助力することに異存はない。それこそ、今夜の行いは下手をすると死ぬとわかっていても、だ。
当然それには理由がある。
関白様はいい。
あの人は良いお方だと思う。俺の絵をわかってくれた。
だが、相手が松永だというだけで小憎らしく、鼻をあかせてやりたくなる。偉そうな奴は嫌いだが、因業で偉そうな奴はもっと嫌いだ。きっと、今晩のことが上手く行けば、さぞやさばさばしたいい心持ちになれるだろう。
それに、正直に言って、小蝶という娘は可愛い。
信春は国に妻を置いて上洛しているし、京で女を買うこともなくはない。だが、この小蝶という娘をどうこうしようという気は毛頭ない。有り体に言って、小蝶は信春好みの良い女というより小娘に過ぎぬのだ。
だが、子雀が必死で飛び回っているような健気さと、厚かましいまでの生命感が同居している。京ではなかなかに見ない種類の女ではある。
まぁ、小蝶が松永に差し出されたとて、生命までは取られることはあるまい。
だが……。その健気さと生命感、松永などに差し出せば共に失われてしまうのは自明のことだ。
それを信春は惜しむ。
仏画ばかりを描いてきた信春には、天然自然のものの美しさが逆によくわかる。それを失わせてはならぬと思うのだ。
それに、小蝶のような女は、絵の才などでは御せぬ。もっと違うなにかが必要なのだ。ゆえに、間違いなく源四郎には無理と信春は思っている。だが、それこそがまた一興ではないか。
絵師として立場を逆転し、上から尻に敷かれた源四郎のさまを笑ってやることができるのだ。
こうなれば、松永のじじいの鼻をあかすのとは比べ物にならないほど、いい心持ちになれるのは間違いない。それを思うだけで、抑えても抑えても口元が緩む。
その日のためにも、今回の謀はうまく行かせねばならぬのだ。
第17話 閑話休題 直治
に続きます。




