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洛中楽Guys ー若き絵師たちの肝魂ー  作者: 林海
第三章 如何にしても意は通すものぞ

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第16話 閑話休題 信春


 信春の背に担がれている、束ねられた紙は量の割りにかなり重い。

 なんといっても、なかなか市中に出回らない大判の雲母(きらら)紙なのだ。本来、短冊や経典などで使われる紙であるし、きわめて高価ゆえになかなかお目にかかれない。

 だが、それを在庫として量を持っているあたり、やはり日本一よと謳われる狩野だからできることであろう。


 だが、信春にとって、狩野などいつかおのれの足元にひれ伏させる相手に過ぎない。

 絵師にとって、一番必要なものは才である。これがなくては始まらぬ。そして、これさえあれば、他に必要なものはないと信春は信じている。


 狩野の源四郎は、若くして棟梁に納まるだけあって、その才は恐るべきものがあった。だが信春は、たとえ紙一枚分でも、自分の才は源四郎の上を行くと思っている。

 これから10年の間には、互いの立場は逆転していよう。

 派を守るために汲々として、才の無駄遣いを繰り返している源四郎の後塵を、いつまでも浴びているわけにはいかぬのだ。


 とはいえ、今は源四郎に助力することに異存はない。それこそ、今夜の行いは下手をすると死ぬとわかっていても、だ。

 当然それには理由がある。


 関白様はいい。

 あの人は良いお方だと思う。俺の絵をわかってくれた。

 だが、相手が松永だというだけで小憎らしく、鼻をあかせてやりたくなる。偉そうな奴は嫌いだが、因業(いんごう)で偉そうな奴はもっと嫌いだ。きっと、今晩のことが上手く行けば、さぞやさばさばしたいい心持ちになれるだろう。


 それに、正直に言って、小蝶という娘は可愛い。

 信春は国に妻を置いて上洛しているし、京で女を買うこともなくはない。だが、この小蝶という娘をどうこうしようという気は毛頭ない。有り体に言って、小蝶は信春好みの良い女というより小娘に過ぎぬのだ。

 だが、子雀が必死で飛び回っているような健気さと、厚かましいまでの生命感が同居している。京ではなかなかに見ない種類の女ではある。


 まぁ、小蝶が松永に差し出されたとて、生命までは取られることはあるまい。

 だが……。その健気さと生命感、松永などに差し出せば共に失われてしまうのは自明のことだ。

 それを信春は惜しむ。

 仏画ばかりを描いてきた信春には、天然自然のものの美しさが逆によくわかる。それを失わせてはならぬと思うのだ。


 それに、小蝶のような女は、絵の才などでは御せぬ。もっと違うなにかが必要なのだ。ゆえに、間違いなく源四郎には無理と信春は思っている。だが、それこそがまた一興ではないか。

 絵師として立場を逆転し、上から尻に敷かれた源四郎のさまを笑ってやることができるのだ。

 こうなれば、松永のじじいの鼻をあかすのとは比べ物にならないほど、いい心持ちになれるのは間違いない。それを思うだけで、抑えても抑えても口元が緩む。

 その日のためにも、今回の(はかりごと)はうまく行かせねばならぬのだ。

第17話 閑話休題 直治

に続きます。


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― 新着の感想 ―
オトコたるもの(少々歪んでいようが)、野望と向上心を持たねばならぬ。
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