第12話 評定
そして、小蝶は、つと立ち上がると襖を開け始めた。小蝶は気が利く。ありがたいことに、密談の用意を始めてくれたのだ。だが、それを俺は止める。
ここまで松永殿の手の者が踏み込んでくるおそれがある以上、小蝶の姿が見通せるのはまずいのだ。襖1枚が小蝶を救うかもしれぬのだから。
口に出すと、現実がそのようになってしまいそうで恐ろしい。だが、言わねばますます窮地に追い込まれる。
「……あの松永の糞爺め、小蝶を差し出せと。派の存続はそれをもって許す、と。
信春、直治どののおかげで返答せずに逃げてこれたが、このまま済むとは思えぬ」
俺、ようやく喉から言葉を絞り出した。
奮然と、風を巻いて信春が立ち上がった。
「ならば、派など潰してしまえばよいっ!」
「馬鹿か、信春っ!
派を潰したら、それから悠々と小蝶を手に入れられるだけだ。潰し損になることくらいわからぬか。
派の後ろ盾を失った小蝶がどれほどの目に合うか、わからぬのか。
派があればこその人質、なければ即に売られてもおかしくはないのだぞ」
俺は、座ったまま信春を睨めあげた。
「……くっ、なんと理不尽な」
どかりと信春、座り込んで胡座をかく。
がりがりと頭を掻きむしり、ため息を吐いた。
どうやら、そうなることは理解したらしい。
「兄上、私め、覚悟は……」
「小蝶どの、いきなりそれでは棟梁が救われませぬ。
その覚悟は、我々でまずは手を尽くし、その上での話でござる」
直治どのが、小蝶にそう言ってくれた。
ありがたい。
直治どのの言葉に、小蝶だけでなく俺までも救われた気がした。
普段から小蝶にしてやられているはずの信春も直治どのも、同じく憤慨してくれているではないか。
そうだ、我々は一党の仲間なのだ。それも、それぞれに秀でた技を持つ者たちの、だ。だから、俺たちはまったくの無力ではないはずなのだ。
「……前の棟梁殿ならばなんとされようか?」
信春がまずは切り出す。
「親父殿に聞いてはならぬ。
小蝶を差し出せと言って、話は終わる」
そう俺は答えた。
小蝶は、父が他所の女に産ませた妹ということになっている。
だが、実はそうではない。俺にとって小蝶は、はとこにあたる。
だから、小蝶も図々しく俺に張り付くのだ。
だが、自らの子でもない小蝶と派を比べれば、親父殿が小蝶を取ることなどあり得ぬ。
むしろ、小蝶に対して、「今日まで養われし恩を返す時が来た」ぐらいのことは言うだろう。
いっそ松永殿に小蝶の素性を明らかにしてしまうことも考えたが、だからといって、小蝶の人質としての価値は下がらぬ。今にしてようやく気がついたのだが、どうやら俺は小蝶を手放したくないらしい。それも、代替たるものがないほどに。
これでは、松永殿が「なら要らぬ」と言わない限り、もっと酷いことになる。俺にとっての人質の価値は下がらず、なのにそれは言えぬのだから松永殿にとっては価値の低い人質となってしまう。こうなると、小蝶の松永邸での生活は極めて惨めなものになるはずだ。
「では、他国に逃がすというのは……」
「独りでか。
狙いが小蝶に絞られていることが判明した以上、まつを付けたとて、女子の足では逃げ切れぬ。」
「それはわかり申しますが……」
直治どのの案の方が信春より良いが、それでも無理なものは無理。
追手がかかれば、ことごとく関所で足が付く。こうなれば、女の足では一日と逃げ切れぬ。かといって、道なき道の山々をたどれば、捕まらぬにしても山賊に身ぐるみ剥がれた上で犯され、やはり売られるか殺されて終わりだ。
よほどに屈強な武装した男の同行がなければ、逃げることはおろか、隠れることすらも儘ならぬ世なのだ。
「とならば、ここで匿うしかないし、男装させるか」
「いや、とてもではないが、隠しきれるものではない。それならば、寂光院なりの尼寺で出家して見せても……」
「還俗させろと命ぜられたら、結局は逃げたことにならぬではないか。
いっそ、鳥辺野に送った(※)と……」
「それはあまりに非道い」
「だが、確実ではないか」
「いや、それで見つかったときは、死人だからな。
言い訳できぬし、改めて殺されても文句も言えん」
さまざまに言葉は出るが、これぞという謀が出ない。
いっそ……。
いっそだが……。
「なにを考えている、源四郎?」
信春が、無言の俺の顔色を窺う。
「念の為に言う。他言は無用」
「言わいでか。
源四郎、なにを考えた」
「いっそ、こちらから仕掛けようぞ」
「だから、それはなにかと聞いている」
「お隠れいただいたらどうか、と」
しん、とした。
誰もなにも言わぬまま時が過ぎる。
※鳥辺野に送った ・・・ 死んだ
第13話 武士の掟
に続きます。




