第8話 呼び出し
大いくさというものは、武士の心を浮き立たせ、「我も次こそは」などと考えさせるのかもしれぬ。
川中島の合戦の話に、密かに熱い血で全身を滾らせた武士も多いはずであるし、それに身体までを動かされたというわけでもなかろうが……。
暑いさなか、細川殿が兵を挙げたのである。
細川殿は、代々管領を務め、長く足利将軍家を補佐されてきた家柄である。その御威光も三好殿とその家老の松永殿によって覆い隠されることが多くなり、ついに耐えられなくなったのやもしれぬ。
将軍様ですら、日々、生命の危険を感じる世の中だ。おそらくは、このままだといずれは家が保たぬという恐怖もあったに違いない。
細川のご隠居、晴元殿が次男晴之殿を大将に仕立て、三好殿と決戦に及んだのだ。だが、何ヶ月もの戦いの末、晴之殿はついには討ち死にされた。そして、晴元殿は幽閉の憂き目にあいなったのである。
武家の世界は厳しい。
元が三好殿の反乱にせよ、いくさの勝敗に家格はなんの力にもならず、単にその戦さの結果によってすべてが決まってしまう。
この戦さは近江の国のこと、京からは一日で往復できる目と鼻の先である。三好殿の戦勝の知らせは、洛中を一瞬で駆け巡った。
もはや……、将軍様の御威光を取り戻すことは能わず、三好殿の思うがままの世が来た。京の町衆たちも、冬の到来とともにこれに対する諦念を同時に受け入れたのだった。
まぁ、足利の将軍様は、誰も碌な死に方をしていない。いつものことといえば、いつものことなのではあった。
俺は内心忸怩たるものを抱きながら、町衆たちのその諦念を書として記し、松永殿からの使者に渡した。
松永殿からの書には、此度の戦さについて、もはや細川殿が威光を取り戻すことはありえぬことが書かれていた。これまで負け続けた結果が、此度のことである。いくさに弱い武士は存在の意味がない。今川殿のときにもあったことだ。これも当然のことなのであろう。
書を持たせた松永殿の使者、帰ったと思ったら折返してやって来た。
なにかと思えば、「今より屋敷に参上せよ」との松永殿のお言葉を伝えてきたのである。これには俺、生命の危機を感じた。
なぜなら、大抵のことは書で済むし、済ませてきた。それだけの信頼が築けてきたということでもある。だか、来いとなれば、書では済まぬことになる。となれば、直接この身に関わることとしか考えられぬではないか。
やむなく俺は全身から気を集め、松永殿にお会いするための覚悟を決めた。
蛙が蛇に自ら会いに行くのだ。並の覚悟では済まぬ。
俺は左介によく言い含め、共に松永殿お屋敷に向かった。もちろん、小蝶にはそれなりの金子を与えて、石見太夫の妻となったまつと共に外出させた。
小細工ではあるが、身柄を確保されてしまえばそれで終わりである。少しでも、それまでの時間は稼ぎたい。
「いざとなったら、宗祐叔父の元まで逃げろ」と言い残してはある。これは、松永殿の虚を突くためである。今、京の東、将軍地蔵山ではいくさとなっている。女の足でわざわざそちらには行かぬと思われたらという、かすかな望みに縋ったのだ。もっとも西は三好殿の領地、大阪からの海も三好殿の手の中、南は松永殿の領地、北は将軍様に近い朽木領ではあるから、追手が真っ先に向かうのはこちらに決まっている。
ただ、それにしてもあまりに分の悪い賽勝負なのはわかっている。
信春、直治どのは下絵を描くのに京の町に出ていて、工房の者にあいまいな言い置きしかできなかった。だが、直温どのであればそこからでも俺の意を汲んでくれよう。それに、高弟という位置づけでもないこの二人が、いきなり捕縛されることもないだろうというのが唯一の慰めである。
とは言え、松永殿はどれほど恐ろしくても狂犬ではない。この場で俺をどうこうしようとはせぬではあろう。だからといって、その予想は俺を安心させはしない。そもそも俺を呼び上げるからには、良くとも必ず断れないなにかを押し付けてくるはずなのだ。それも、おそらくは狩野の屋台骨に響くようななにかを、だ。
まぁ、どれほど酷いことになろうとも、おそらくは左介までは殺すまい。というより、最悪、狩野の派が潰されたことを知らせる使者にさせられることになろう。だからこそ、俺は左介に言い含めたのだし、その行いが重要になるはずなのだ。
正直に言おう。
松永殿の屋敷の門をくぐる際には、足が震えた。
去年、なぜ俺は「松永殿に取り入る必要はない」と判断してしまったのであろうか。あのとき、取り入っていればこのようなことにはならなかったやもしれぬ。
その思いが切々と内心を灼く。
だが、取り入ったとて、松永殿にとっては町衆など使い捨ての道具に過ぎぬであろう。結局はこうなっていたことに疑いはない。
それを慰めに、半刻後、俺は松永殿の前に平伏していた。
第9話 決して、渡さぬ。
に続きます。




