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洛中楽Guys ー若き絵師たちの肝魂ー  作者: 林海
第三章 如何にしても意は通すものぞ

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第5話 御成(おなり)


 早くもその二日後。

 直治どのが工房に駆け込んできた。

 信春と直治どのは、時間があれば京の町を歩き、絵の素材を探し続けている。そこで、容易ならざるなにかを見つけたのであろう。


「棟梁殿、三好殿の屋敷に新たな冠木門(かぶきもん)が作られますっ。

 材木が運ばれ、職人が大勢来ております」

「……まさか、御成(おなり)だというのかっ」

「おそらくは」

 直治どのが自らの膝に手を置いて荒い息で告げるのに、俺、呆然としていた。

 あまりのことに、直治どのに重ねて掛ける言葉が見つからない。


 そこへ、信春がお気楽な顔で帰ってきた。

「今、帰ったぞ。

 市が大騒ぎになっていた。なんぞ新しい祭りでもあるのかな」

「市とは、食い物の、であろうか」

 信春の答えを確信しながら、俺は確認のためだけに聞く。

 京の町は人が多い。なので、絹、繭、紙、馬、牛などさまざまな種類の市が立つからだ。


「……源四郎、なぜ食い物の市だとわかった」

「御成だ」

 俺は信春の問いには応えず、再びその言葉を口にしていた。



 御成(おなり)とは、将軍様が臣下の家に行くことである。

 臣下はそれを名誉と思い、さまざまに饗応する。それだけと言えばそれだけなのだが、臣下としては忠誠心と才覚の見せどころでもある。

 まずは四条流庖丁道の進士殿(※)による包丁の技で饗応(きょうおう)を行うことだろう。細川殿に仕える進士殿の調理であれば、毒殺の危険がないと将軍様も思うことができようからだ。そしてその材料として、山海の珍味を取り揃えることになる。

 猿楽などもお見せすることになろうし、将軍様が屋敷に入る際には新造の門を通っていただくことになる。


 武士の嗜みとして、直治どのは御成の式法の詳細までは知らずとも、どのようなものであるかは知っているはずだ。だから、三好殿の屋敷に新たな冠木門が作られようとしているのを見て、その意味を察したに違いない。

 だが、残念ながら、またもや信春にとってはいいところを見せられない事態である。信春が武家の式法を知っているはずもないからだ。


「要するに、宴会をするんだろう?

 たかが宴会一つで、市が大騒ぎになるのか?

 祭りでもあるなら、下絵の一つも描こうと思っていたのだが……」

「信春どの、御成の宴席で出される料理は、いくつくらいと思われますか?」

 と、これは話を聞きつけて、当然のような顔をして俺の横に座り込んだ小蝶の問いである。


 隙あらば小蝶め、すり寄ってくるな。距離感が兄妹のそれではない。夫婦(めおと)のそれに近い。

 俺、軽く尻を浮かせて距離を取り直す。

 あまり人前でくっつかないで欲しいのだ。


 それを見ていた信春が、吐き捨てるように答えた。

「知るかよ。

 だが、まぁ、将軍様を(もてな)すからには、五つくらいは出すのではないか?」

 信春、お前、七尾にいた頃からあまり良い宴席に出ていないな。それとも、仏画を依頼する寺社は、修行とか言って吝嗇(ケチ)臭く絵師を饗さぬものなのか。


 そして、宴席で出る数を問われてその数を答えたとすると、信春め、普段はせいぜい一菜のみで飯を食っているに違いない。

 まぁ、信春のことだ。小金を握っても、(メシ)より岩絵の具に化けるのであろう。だが、絵師は身体が資本だ。ある程度の飯を喰わねば身体がもたぬぞ。

 とはいえ、実は俺もそう偉そうなことは言えぬのだが……。


 俺も、宴席に出るなら絵筆を握っている方が気楽で良いのだ。だが、障壁画の完成はその建築物の落成を意味する。ゆえに、祝い膳とは無縁ではいられぬ。

 必然として礼式も覚えざるを得ないが、そこまでして塩気のきつい魚などの料理を次から次へと食いたいものでもない。また、その塩気を(あて)濁酒(だくしゅ)(※2)を浴びるように飲む者もいるが、それもまた俺の性には合わぬ。

 結局、俺という人間は、薄味に炊いたものが一菜あれば足りてしまうのだ。



 俺が、そんなことを考えているのを他所(よそ)に、小蝶がため息を噛み殺しながら信春に話しだした。

 まぁ許してやれ、小蝶。

 信春が饗応(きょうおう)を知らないのは、言っても(せん)なきことなのだ。


式三献(しきさんこん)と言って、始めに三食を食べ三献の酒をいただきます。そのあとは、七五三(しちごさん)の本膳が並べられます。お膳がまずは七つですよ、七つ。

 その後に、十五から十七献までの……」

「小蝶どの、頼むから待ってくれ。

 初めて聞く言葉ばかりで、言っていることがさっぱりわからん。

 膳にしたら全部でいくつ……、おっと、膳に乗る皿の数はわからぬから、それではやはりだめだ。

 うー、皿にしたらいくつ出てくるのだ?」

 そう聞かれて、小蝶は天井を睨む。頭の中で数え、計算しているのだろう。


「……優に八十皿は超えましょう。九十皿に届くやもしれませぬ」

「はあっ?」

 信春の顎が、驚きのあまり胸まで落ちた。




※進士殿 ・・・ 進士次郎左衛門尉。当代きっての四条流庖丁道の名手。細川晴元に仕えていた。


※2 濁酒 ・・・ 清酒の対義としてのにごりざけ。甘みの強いどぶろく。この時代、清酒は極めて稀な存在だった。

第6話 それは不要

に続きます。

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