第3話 重き荷
直治どのは続けた。
「つまり……。
将軍様の仲介があった経緯があり、そして関白様が越後にいる以上、武田殿は我が越後(新潟県)に攻め込めない。そう長尾殿は判断されたのでしょう。甲斐源氏の宗家である武田殿が、将軍様そして関白様に対し、いわば反逆とも言うべき行動に出ることはないと。もしかしたら、そのためにあえて関白様は越後に残ったかもしれませんし。
そして、それとは別で武田殿が自らの領内に城を設けることは、他国に対しなんら憚る必要なきこと。それは武田殿が勝手気ままにできることで、いくさを起こす気などないと言われればそれで終わりでございます。
つまり、牽制と実際のいくさの間には大きな距離がありますが、だからといって長尾殿も安心してはいられなくなりました」
……そう考えていくと、越後、甲斐信濃、相模に遠江は、強大な諸将たちが三竦み、四竦みにお互いを縛り合っている。やはり、長尾殿が軍勢を引き連れて京に現れるということは、相当に難しいことなのではないか。
となると、近い将来に実際に京の町に姿を表すのは、多少力は弱くてもよりここに近い国の武将か、方向を変え中国地方の武将かが京に現れることになるのかもしれぬ。もっとも中国地方の武将は三好殿に勝るだけの者は見当たらぬのも事実ではあるが……。
「なぜ、そのようなことまで、直治どのは考えておいでなのか」
信春が聞く。
この男、師筋の俺ですら呼び捨てにするくせに、ついに直治どのと呼んだか。
信春は天賦の才が絵に傾きすぎているから、あくまで絵のみであれば自分より劣る直治どのが、卒なくすべてに才を発揮するのが不思議でしかたないのであろう。
俺が直治どのを歳下の弟子筋なのに「どの」を付けて呼ぶのは、妾腹とは言え一城の主の息だからだ。つまり、士(※)の身分なのである。
だが、信春はそんな事は考えない。
だが、考えなくても、今回のように敬称をつけて呼ばねばならぬとわかることもあるらしい。
直治どのは、信春の問いに淡々と答えた。
「我が肥前国(佐賀県)の戦乱は激しく……。
危急存亡の秋には、将軍様による和平仲介を我が父の城にもいただきたいと常日頃から思っておりました。なので、どのような伝手、どのような流れでそれが実現できるものなのか、話を集めておりました」
なるほど。
それは切実であろうなぁ。
俺は思わず嘆息を漏らした。直治どのの上洛には、画工修行に加えそのような目的もあったのか、と。これはもう、己の命だけでなく、領地の生き残りを懸けの役目ではないか。
俺は俺、直治どのは直治どので重き荷を背負っているのだ。
俺はそこでさらに思い悩む。
なぜなら、俺は俺の荷としてもう一つ考えておかねばならぬことがあるからだ。
松永殿はなぜ、この話を我々に知らせたのか、である。
松永殿であれば、この日の本の国の情勢をいくらでも知ることができる。その中のどれを知らせても、俺に対する義理は果たせる。
その中にあって、なぜこの内容のことを知らせてきたのか。そこを見誤ることは決して許されぬ。
「やはり……。
関白様、将軍様のご意思は決して果たされぬ。だから、我らも三好殿、松永殿に与せよということか……」
俺は呻く。
どんなときでも、意思を表すのは早ければ早いほどよい。
勝ちが決まった陣営への参加は、虫拳(※2)の後出しみたいなもので、罰せられずに済ますための言い訳にしかならぬ。つまり、負にはならぬが決して正にもならぬということだ。だが、それでは派を保つことはできぬ。早く意を示した者に抜かれてしまうからだ。
将軍様を裏切る気は毛頭ないが、なんらかの逃げ道を作る必要はあるかもしれぬ。さすがに、派の絵職人たちを巻き添えに、狩野の生死をすごろくの賽の目に任すようなことはできぬからだ。
なら、形だけでも松永殿への……。
「一ヶ月、様子を見ましょう」
と、俺の顔色を見た直治どのが言う。
「それは、なにゆえかな」
俺の問いに、直治どのは答える。
「私め、前島宗祐殿から来たりし書を棟梁殿から見せていただきました。
今回、その写しがそのままに、松永殿の元へ運ばれたわけでございますよね」
「あっ、わかったっ」
小蝶、声が大きいぞ。それにその言い方はなんぞ。はしたないではないか。
「俺はわからぬ」
信春、お前がわからないのは予想がついている。だから、わからないことを宣言する必要はないのだぞ。
それにしても小蝶、本当にわかったとしたら勘が鋭い。このようなことを考えたのは初めてであろうに……。
もしも、このまま先読みをできるようになってもらえれば、直治どのと二本立てで危機回避の考えを得られよう。重き荷を軽くするために、俺は考え役の者はいくらでも欲しいのだ。
※ 士 ・・・ その土地の統治に関わる知識人や官吏などのこと。士農工商の士が武士と同義になったのは江戸時代から。
※2 虫拳 ・・・ 蛇と蛙と蛞蝓の三すくみによる日本最古のじゃんけん。今の鋏、紙、石は、明治時代に普及。
第4話 旗幟鮮明の要
に続きます。




