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洛中楽Guys ー若き絵師たちの肝魂ー  作者: 林海
第三章 如何にしても意は通すものぞ

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第2話 内々尽くしの内談


「狩野の棟梁殿、狩野の棟梁殿っ」

 大声で呼ばわる使者に、内心で舌打ちをしながら俺は工房から表に出る。

 この男は、松永殿の使いだ。

 町衆に流れる噂と、武家に流れる噂話の交換ということについて、松永久秀殿は存外に律儀だった。その結果、十日に一度、必ずこの男の顔を見なければならなくなったのだ。

 気遣いという言葉と無縁のこの男、俺はどうにも好きになれない。ひょっとしてわざとやっているのかもしれないし、そうなれば狩野は松永様の配下という誤解を招こうとしていることになる。


 俺は舌打ちをこらえ、宗祐(そうゆう)叔父が小田原から送ってきた、北条殿の内実の話をそのまま松永殿からの使者に渡す。

 よほどに中身を書き換えて陥穽(おとしあな)を掘ってやろうかとも思うのだが、俺の嘘は松永殿に通用しない気がしている。


 今回、松永殿が送ってきた情報は、甲斐の武田殿の内情だ。

 このあたりは、直治どのに見てもらった方が良い。当然、松永殿の知らせに本当のことが書いてあるかはわからない。だがそれでも、嘘なら嘘で考える材料にはなるというのが直治どのの考え方なのだ。


 つまり、この松永殿とのやり取りが重なり、数が増えればこれが信用できるものかどうかがわかる。

 信用できるとすれば、これからこの知らせは使える。

 天下の分かれ目のようなときは、あえての嘘を書かれるかもしれないので厳重に注意する。それで十分だというのだ。


 また、もし信頼できないものだとすれば、ここ以外に真実があるいう意味で考える材料になる。

 嘘を書くにあたり、松永殿が自ら考えて筆を執ることはあるまい。そして、右筆(ゆうひつ)の考えることには限りがある。ゆえに、積み重ねた嘘から真実を推測することは容易(たやす)いのだと言う。

 このあたりの直治どのの言、俺は「なるほど」としか言いようがない。


 そして、直治どのはさらに言う。

「松永殿も、こちらで送った北条殿の内実を鵜呑みにはいたしませぬよ。

 松永殿は恐ろしい方ゆえ、常にこちらで得た事実をお送りした方がよろしいかと。それが真実でなかった場合でも、それはそれで仕方なきこと。事実を送ってあればこそ、申し開きは容易にできましょう。

 さすれば、一年二年と積み重ねる間に徐々にでも信頼を得られましょうし、『なにか』を考えるとすればそれからでよいかと」

 なるほど。

 あとは言われなくてもわかる。


 当然、その「なにか」とは、考えないという選択まで含めて、広大な可能性があるのだろうな。我が身と狩野の派を守るための面従腹背は、嘘をつかず常に真実のみを伝えることででもできるのだ。

 例えば、そう、特定の話を抜くというやりかたでも、だ。



 直治どのが、松永殿からの手紙の封を切る。

 信春と小蝶も気配を察して集まってきた。俺宛のものではあるが、直治どのに最初に読んでもらって、解説とともに内容を話してもらうのが一番話が早い。これには、武家言葉を町衆の言葉に訳するという意味もある。


「武田殿が、信濃松代に海津城を築かれたそうな。

 これは……」

「さすがに俺でもわかるよ、直治どの」

 俺の言に、信春と小蝶も頷く。


 空にした領国の喉元に城を作られたら、長尾殿、いくさは程々のところで帰国せざるを得ない。留守の間に領土に侵攻されたら帰る地を失う。さらに、田畑を焼き払われでもしたら、領土を取り返せたとしても兵糧の元を絶たれることになり、すべてが終わりだ。

 この事態は、直治どのの最初の読みどおりである。


 つまり長尾殿は、武田殿の決断次第で、関東から間を置かずに戻らなくてはならなくなった。

 京の町は、未だに応仁の乱の傷跡が残っている。だから、京の町衆はいくさがどういうものかは知っている。だが、軍略ともなれば別の話だ。その軍略を知らぬ俺にもわかることが、なぜ常勝の長尾殿にはわからなかったのだろう?


 父に聞いてみたいところだが、父は大徳寺の巨大な仏涅槃図(ねはんず)を描く仕事を受けることに掛かりきりになっている。しばらくはそちらに注力することになるだろうし、実際に受注に漕ぎつけたら今度は製作にひたすら忙しくなるだろう。


 だが……。

 さすがは直治どの、そんな俺の疑問にも考えがあったらしい。

「それは……。

 前回の長尾殿と武田殿のいくさ、和平を仲介したのが将軍様だからでしょう」

 と直治どの。

 それは、俺も初耳だ。

 というか、町衆の噂にはきっと流れた。だが、その話を聞いたときの俺は、このような事態に巻き込まれるとは思っていなかったのだ。なので、そのまま右から左で忘れてしまったのだろう。

第3話 重き荷

に続きます。

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