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洛中楽Guys ー若き絵師たちの肝魂ー  作者: 林海
第三章 如何にしても意は通すものぞ

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閑話休題 関白近衛前嗣の迷い


「長尾殿」

 あえて、関白近衛(このえ)前嗣(さきつぐ)は手紙の宛先をこのように書いた。

 元々が関東管領上杉氏の家臣である長尾景虎は、すでに上杉姓と関東管領(かんれい)の職を譲られる手筈が整い、あとは吉日を選んで儀式とそれに伴う周知をするのみである。

 京の公家の気づかいであれば、「上杉殿」と書いて相手を喜ばしてもよかった。

 だが、前嗣はどうしてもそのような気にはなれなかったのだ。


 今回のいくさ、関白の地位によるごり押しをあからさまに使ってまで、長尾景虎の助勢をするつもりではいる。

 だが……。

 なんのための関東管領を譲られたのか、景虎は今一つわかってはおらぬ。打ち消しきれぬその危惧が、前嗣の内心に固まりつつある。


 関東管領だから関東の静謐と安寧に尽力する。

 これは、筋が通っている。まったくもって正しいことだ。

 だが、前嗣が関白として将軍足利義輝と共に長尾景虎の関東管領就任に尽力したのは、関東という京から遠く離れた地でのいくさを起こさせるためではない。あくまで、京の都で単身権威を守っている将軍義輝を補佐させるため、その肩書を与えたのだ。


 関東の静謐を取り戻してからの方が京での発言力も高まるという、景虎の話の筋は前嗣からしてもわからぬではない。主家筋を継げたことで、その責任をも負おうという意気もよし。

 だが、関東でもよほどきれいに勝たないと、今まで積み上げてきた常勝神話を自ら壊すことになる。とはいえ、「ご心配あるな。すぐに関東を片付けて、その勢いを持って日の本を席巻し上洛して見せようぞ。さすれば京でいくさなどしなくとも、将軍様を害す輩は自ら退散しよう」という言葉に、今の時点では説得力があった。

 これは常勝ゆえの驕りかもしれず、だが、常勝ゆえに否定もできぬ。こうなれば、前嗣としてもその常勝が続くことを祈り、信じるしかない。

 それに、京の都でいくさが起きず、町が焼かれずに済むなら、それはそれで越したことはないのも事実なのだ。


 だからその言に頷きはしたものの、京を抑えてから関東管領すら飛び越える権威を得て、その名のもとに鄙の安寧に乗り出した方が正しかったのではないかという迷いはどうしても拭いきれぬ。

 関東管領就任はすでに決まったことだ。さすがに、今さら反対はできぬ。だが、与える餌を誤ったのではないかという後悔は、前嗣の心を灼き続けていた。


 こうなれば仕方がない。

 自らも長尾景虎の後を追い、関東で関白の影響力を行使する。

 だが関東は東夷(あずまえびす)の地、関白の権威がどこまで通用するか甚だ心もとない。だが、そうも言ってはおられぬ。関東での戦さを一日でも早く終わらせ、景虎にきれいに勝たせないことには、京の安寧はいつのことになるのか予想もつかなくなってしまう。


 だが、関東に足掛かりは少ないとはいえ、かろうじて安心できる地もありはする。

 前嗣は、手紙を書き綴っていく。

「吾も長尾殿の後を追い、関東は下総国古河城に居を定め、長尾軍に対して助勢いたそう」

 と。

 だが、明るい明日が見えた気はしなかった。

第2話 内々尽くしの内談

に続きます。

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― 新着の感想 ―
景虎は所詮戦術家(戦争屋)であって戦略家ではなかった・・・・・・
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