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洛中楽Guys ー若き絵師たちの肝魂ー  作者: 林海
第一章 まずは、我らのことなどを
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第5話 難渋苦心(なんじゅうくしん)


 とはいえ、それでも執念で描いている高弟、中堅もいた。

 日が経つごとにごっそりと頬が痩けていく者もいたし、夜に昼にと絵筆を持ち続ける指の筋が痙ってしまった者もいた。

 その一方で、上洛してきたばかりで仕事を割り当てられていない絵師たちは、それこそ命を賭して描いた。


 子供のいたずら描きならともかく、貴人に見せる絵ともなれば、際限なく金が掛かるものだ。灯火の油に加え、紙も絵具も筆も、絵具の色を壊さぬ(にかわ)も、皆高価なのだから。

 まして、今回は花鳥図である。山水画であれば水墨画にして出費を抑えられようが、花鳥図では色が付いた方が華やかなものになる。そして武家にお心が近い関白様は派手好みであろう。となれば、一色一色それぞれに、何日分もの、いや、何十日もの食を(あがな)うに等しい高価な絵具が必要となるのだ。


 命を賭して描くというのは、紙に向かって心を込めれば済むことではない。

 それ以前の準備からして、一介の駆出し絵師が土倉酒屋(金貸し)に土下座して借金するところから始まるのだ。

 すでに、そこからして苦労がある。だから、それらの者の凄みは俺とて恐ろしい。


 対する俺も、彼らの描くであろうものからそうは離れることはできぬ。

 俺は、狩野の嫡子として、紙も絵具も困りはしない。だが、一枚だけ金泥だの、孔雀石(くじゃくいし)の粉だのを使った絵が紛れ込んでいれば、俺の描いたものと一目瞭然で察されてしまう。そして、絵の腕ではなく、絵の具の色によって選ばれたと言われてしまうだろう。

 一旦そう言われてしまえば、狩野の次期当主は高慢で鼻持ちならない者と見做(みな)されることになる。


 つまり、俺とて、高価な絵具を控え色数を抑え、揺るぎない線だけで勝負しなければならないということだ。いつもの仕事はできないということになるし、俺の絵を見知っている関白様とて俺の絵をそれと見抜くのは難しくなるだろう。

 難しい勝負自体は望むところではあるが、父が田舎絵師と馬鹿にした者たちの中にも、俺と同じ修練を積んだ者がいるかもしれない。本気で修行しようと思ったら、竹の皮であろうと、洗って使い直せる陶片であろうと、薄く削った木片であろうと、紙などなくても絵は描けるのだから。

 その者たちは俺の絵を知っている。だが、俺は彼らの絵を知らない。そこが限りなく不安ではあった。


 それに俺とて、日々の仕事はある。掛り切りで描けるわけではない。だが、狩野の次期当主として俺は勝ちしか許されていない。不安は恐怖になり、俺の筆を縛った。

 だが……、祖父は昔、俺の絵を見てにんまりと笑ったのだ。

 だから、俺は勝てるはずなのだ。



 かくて、一ヶ月後、符牒(ふちょう)(※)のみで記名なき花鳥図が二十枚も集まることになった。

 そこから先、俺はなにがどうなったのか知ることすらできなかった。宗祐(そうゆう)叔父のやることはあまりに融通(ゆうずう)とは無縁で、狩野の次期当主たる俺ですら「勝負に参加した以上は」と、なにも教えてもらえなかったのだ。


 ただ、判定の手順だけは伝わってきた。

 祖父は痩せ細り、かろうじて息をしているような身体なのに、執念でそれらを見た。そして、宗祐叔父がその言も取り入れながら、四枚の絵を選んだ。

 その絵が関白様の屋敷に運ばれたらしい。


 そして関白様は選ぶのに苦労し、またあまりにお心を動かされたとのことで、描いた四人は言葉を(たまわ)れるということになった。


 その四人の中には、当然、俺もいた。





符牒(ふちょう) ・・・ 記号

第6話 関白、近衛 前嗣 様

に続きます。

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