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洛中楽Guys ー若き絵師たちの肝魂ー  作者: 林海
第三章 如何にしても意は通すものぞ

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第1話 描き出したぞ


 忙しい日々が始まっていた。

 京の町は梅の花が散り、桜がちらほらとそのつぼみを綻ばせ始めていた。

 信春と直治どのは外出しては下絵を描き、ときには俺と小蝶も加わって次に描くべきものはなにかと、話し合いを重ねていた。


 季節の行事を描き逃したら、一年後までその下絵を描く機会はなくなってしまう。だからといって、俺たちが京の催しもののすべてを知っているはずもない。俺と小蝶が生まれ育った町とはいえ、京の都は大内裏から始まるお公家様方、数多くの古刹、そしてやはり数多くの武家、そして果てしない数の町衆と分厚い層でできていて、そのすべてを知るのは無理がある。また、都ゆえ鄙よりの人の出入りも多く、それらの者たちが存外に大きな行事を行っていることもある。


 この辺りはそれぞれがそれぞれの伝手で聞いて歩き、穴があかないよう尽力するしかなかった。そのため、俺たちの打ち合わせは入念を極めている。だが、それですら描き落ちは避けがたい。


 また、建物は季節に無縁に描けるとはいえ、その数も多く、細かい改築も多い。単なる改築ならばまだしも、家格が上がったことによる改築、改装ともなれば描き落ちは許されぬ。

 その一方で古きものも、それが京の都にあったことを示す価値があるものであれば、落とすわけには行かない。すでに破却されたものであっても、だ。

 俺は、何時々々(いついつ)のという期間より、京の町をこそ描きたいのだから。そして、どれほどのものであっても描いておかねば、人の記憶からはあっという間に失われてしまうのだから。


 俺と小蝶は、その検討に加えて本絵にすやり霞(金雲)を描くための準備に忙しい。これが構図となるため、これが完成せねば、下絵による建物も人も描き込めない。

 名札で注を入れておきたい名所だけで二百三十にも及ぶ。しかも、おそらくは描いているうちにいくつかは増えるはずだ。だというのに、金はどこまでも高価だ。好きなように描き直すことなどできぬ。ゆえに、それらをどう配置するか、気が遠くなるような検討が必要なのだ。

 そしておそらく、建物や人を描き出したら描き出したで、今度は描いても描いても終わらないであろう。それが京の都なのだ。


 当然、それだけのものを描きこむとなれば、仕上がりも大きくなる。

 縦は五尺三寸(159.2cm)に横は十二尺(361.8cm)、これが二つで一双の屏風になる予定だし、二尺八寸(84.8cm)に五尺八寸(175.8cm)が二つで一双という別の屏風も控えている。

 これだけの面積を埋め尽くす金泥のために、金箔を膠で練るだけでも一苦労なのだ。だが、これも良い色を出すためには仕方がないことなのだ。



 俺たちが、そうして忙しい日々を送っている間にも夏が過ぎ、世の情勢は激変していた。

 まずは、織田殿が今川殿を討ったことで、直治どのの読みのとおり、長尾殿は上野国にまで駒を進めていた。当然、目的地は相模は北条殿の本拠、小田原城であろう。


 北条殿の御用絵師となった宗祐叔父が心配ではあるものの、伊豆の南に逃げれば隠れるところはいくらでもある。さらに、船で海に逃げることも可能だろう。

 その際には狩野の名に戻ればよいのだ。だが、それまでの間、北条の内実を得させてもらおう。


 宗祐叔父からの(ふみ)によれば、北条殿の小田原城とは総構えの城だという。

 城下町を住人まで含んで、そっくりすべてを抱え込んでいる構造で、そのまま籠城戦の準備が始まっているらしい。

 宗祐叔父からの知らせには、住民たちの士気だけでなく、嘆きと恐れ、流言飛語による諦念までもが書き綴られていた。

 長尾勢は十万に及ぶという噂が流れており、今までの戦さでは在り得たような楽観はすでにないらしい。


 だが長尾殿、このまま北条殿のいる相模国の小田原まで行くのかと思いきや、直治どのの予想をも裏切って上野国厩橋城でそのまま足を止めたという。ただ、兵を動かせば兵糧が減る。長尾勢十万を現実的に受け取って一万ほどだとしても、一日に二万から三万食も喰らい尽くされてしまうのだ。

 そういう意味では、いつまでも足を止め続けてはいられぬ。直治どのの予想は遠からず実現するだろう。


 おそらくは、上野国で足元を固め、長駆する軍の補給路を確実にするのであろうというのが、直治どのの改めての読みだ。長尾殿、右筆の者、筆を持つ手が攣るほど大量の手紙も書いているはずだ、と。

 戦さの勝敗を決めるのは、当日の戦さよりもそれ以前の調略による戦力の確保によるものが大きいのだから、ここで兵糧を無駄にしてもという判断はありうることなのだという。


 越後に下向していた関白様は、いまだその越後を離れてはいない。おそらくは、越後から長尾殿の調略に助力されているのだろう。

 俺たちは、そんな推測をしながら、日々絵筆や岩絵の具を砕く当たり鉢の当たり棒を握っていた。

閑話休題 関白近衛前嗣の迷い

に続きます。

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