表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
洛中楽Guys ー若き絵師たちの肝魂ー  作者: 林海
第二章 ご下命、如何にしても果たすべし

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

48/118

第24話 取引


 このまま黙っているわけにはいかぬ。だが、なにも思いつけなかった。結果として俺は、我ながら芸のない言葉を口にした。

「お戯れを。

 若輩ながら、手前は狩野の棟梁、絵描きでございます。筆は持てども、謀りごとなど……」

「ふん、もうよい。

 わしの屋敷を描くことを許そうではないか。

 三好殿、細川殿も描くが良い。わしが話を通しておこう」

「これは望外のありがたき幸せ」

 これで俺、安堵のあまり、それが声に乗ってしまったやもしれぬ。あとから思うに、そもそも松永様、俺の言などまったく気にしていないことにここで気が付かねばならなかったのだ。


 礼の平伏をする俺の背中に、再び声が降ってきた。

「代わりになにをよこす?」

 松永様の言葉は、静かであっても俺には落雷のように響いた。

 さすがにここで俺、完全に絶句していた。


 これは敵わぬ。

 俺たちの持てる対抗策など、蟷螂の斧にもほどがある。

 俺の心が音を立てて折れ、打ちのめされたのはこのときだ。「将軍様の命ですぞ」などという建前は、この相手には通用しない。それどころか、末々までタカられるであろう未来が俺には見える。これでは、俺の代で狩野の家の屋台骨が崩れてしまう。


 再び、くひくひという笑い声が響いた。

「ほう、天下の御用絵師、狩野の棟梁が困っておる。

 これは面白い。

 よこすものがないのであれば、この際ゆえ扇製造の独占権、わしが貰うておこうではないか」

 くっ、こ、この……、この性悪のくたばり損ないめが。

 それを盗られたら、狩野は二度と立ち行かぬ。


 父は、父はなぜ、こいつと互角に渡り合えていたのだろうか。

 俺の腹芸は父には敵わぬが、父とて腹芸にするための材料(もと)があったはず……。

 俺の頭は、生まれてこのかた初めてと言っていいほど早く回った。


「松永様。

 取引いたしませぬか?」

「ほう、若棟梁がわしになにを持ちかける?」

 くっ、「若造のくせに」と言いたいのであろうな。


「京の町衆に流れる噂を、逐一お知らせいたしましょう。

 噂ゆえ確度は高くはないとも申せますが、京の町衆がその噂に沿って儲けているのも事実。

 ですが、これは、お屋敷を描かせていただく代償としては過分なものと自負いたしております。なんせ、このあたりは町衆の生命ともいうべき見聞にございます。

 なので、武家に流れる噂話と交換させていただくということで、この相互の関係を献上いたしましょう」

 くひくひと、再び松永様の笑い声が漏れる。


「町衆の狩野の棟梁が、その噂を集めてなんに使っているのだ。

 自ら『筆は持てども、謀りごとなど……』と申したばかりではないか。その舌の根のも乾かぬうちに、なにを言い出すかと思えば……」

「織田殿が今川殿を討つような不慮のことがあると、狩野も派として、いや町衆全体が困るのでございますよ。

 今川殿に掛け商いをしていた者も多く、今川殿の代替わりが穏便には済まぬ見込みも無視できず、こうなっては丸ごとの大損でございます。私めも、今川殿から下命を受けていたらと思うと、ぞっといたしておりました」

「……棟梁、進物に使うような絵の依頼を受けていたら、どれほどの損失になっていた?」

「金三千両」

 ありうる額しては、最大の値だ。だが、今ふっかけず、いつふっかけるというのだ。


「わしを相手に、話を盛っておるのか?」

「贅を尽くした障壁画ともなりますと、金箔、金砂子、金泥、岩群青、これらを贖うだけで、莫大な(かね)が必要になりまする。

 いや、量だけの問題ではありませぬ。贖う(きん)も、絵の具に使うとなれば純度が高くなければ色が出ませぬゆえ、(かね)一両出しても使える(きん)は、その半分の重さしか手に入りませぬ。

 岩群青などの岩絵の具も、米の千倍もの値で、たかだか十五匁で米一俵と同じ額にもなりましょう。それを絵に使えるようにするためには、さらに人の手で念入りに砕かねばなりませぬ。麦を石臼で粉にするのですら難事なのに、石を粉にするのは途方も無い労力が必要なのはご想像がつくかと。

 そのために、我が派には多くの者たちが寄宿しており、扇を作らせ、飯も食わせているのでございます」


「なるほど、それならわかる。そして、損を恐れる心根もようわかる。ようやく本音が聞けたわ。

 ではその話、乗ってやろうではないか。ついでにもう一つ、その損についてわしに話したことは忘れるなよ」

「ありがたき幸せ」

 俺は、安堵のため息を吐くに吐けずにいた。

 今回のことは無事に済んだ。だが、この先松永様に逆らったら、岩絵の具は手に入らぬようになる。先程の言は、そういうことではないか。


 しかも松永様、俺の弱みを知るためだけに脅したというわけではあるまい。まだまだ自らの底は見せてはおらぬ。


 だが、絵を描くのみのことであれば、先に進めるようになった。ようやくこれで御用絵師としての務めを果たせるのだ。

 まだまだ未来(さき)は見えぬ。いや、暗さは増したと言っていい。だがその中でも、俺たちは絵筆を握り続けねばならぬのだ。

次話から新章です。

ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ