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洛中楽Guys ー若き絵師たちの肝魂ー  作者: 林海
第二章 ご下命、如何にしても果たすべし

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第23話 的外れ、的中


「今更、わしへの恩を売るために、将軍様に塗輿免許の口利きなど片腹痛いわ。

 わしももう五十になる。人に担わせた挙げ句、進みの遅い乗り物に好んで乗るほど無駄な時間は残っておらぬのよ」

 人に担わせる?

 遅い乗り物?

 人が馬に劣っていることを言いたいのか?

 それともまさか、昇殿を許された正五位下、弾正少弼の身で、輿を担う方の痛みがわかるとでも言うのか?


「のう、狩野の棟梁どの。

 そもそも可怪しいと思わんのか?

 絵師というものは、人が人を担ぐことの可怪しさにも気が付かんものなのか?

 ならば、絵を描くための(まなこ)は、世を見るには節穴ということになろうな」

 俺は反論しかけて……。

 慌てて、平伏した。

 恐ろしい。俺の背筋どころか腹の底に、むき出しの氷の塊を突っ込まれたようだ。悪寒が止まらない。


 人を乗せて自在に動くためには、牛馬ほどの力がある生き物が必要だ。人が人を担いで移動させるということは、そもそも無理があるのだ。その証拠に、戦場では塗輿を許されている武将でも馬に乗るではないか。そして、それでも塗輿を使った今川殿は討たれてしまったではないか。

 また、人が人を担うということは、双方の立場というものが顕わになる瞬間でもあろう。馬と人の間にそれは生じない。だが、人と人との間となると、親子なら天然自然なものであっても、君臣や雇用の間ともなればそうもいかぬ。


 そのようなこと、気がついていないわけではないが、松永殿が確認したいことは、そのことだけではなかろう。俺が、松永殿の言葉を賛じるか、賛じるにしてもどの論理なのか、それともいっそ反論を唱えるか、それを見たくて争論を仕掛けてきたのだ。

「絵師とは」という言い方もそうだ。

「俺は違う」、「狩野は違う」などと、俺に反論させるための罠だ。つまり、すべては狩野の棟梁としての俺を見るための言葉なのだ。


 俺には、応じる手が二つある。

 あえて反論し、底の浅い男だと見せつけるのが一つ。

 このまま平伏を続け、思慮がありそうに見せるのが一つ。

 だが、どちらの手を取るにせよ危険はあるし、俺の器では騙し通せないことだけはわかる。松永様は甘いお方ではない。

 ならば、せめて将軍様の真意、三好殿と松永殿を遠ざけたいという意思だけは見透かされるわけにいかない。精一杯話の角度を変え、煙幕を張ろうではないか。通用はせぬだろうが、時間稼ぎくらいにはなろう。


「人の知恵は尽きぬもの。この先、水車のようなもので車の輪を回し、牛馬すらいらない世が来るやもしれませぬ。それどころか、鳥のように空を飛ぶことさえも。

 人の力で人を運ぶということは、そのような世がくるときまでの()()()として、やむをえぬことかと」

 我ながら突拍子もないことを言っている。さすがにこれなら松永様にとっても予想外の返答であろう。


 俺は、松永殿の注意を逸らす手に出たのだ。ついでに言えば、このような反論をすることで、的外れのことを言いだす男と取られるのは歓迎すべきことだ。的外れの男は、利用できぬからだ。


 くひくひという笑い声が響いた。そしてそれは、長く長く続いた。

「ふむ。

 絵師とは馴れぬ謀りごとを見透かされるのが仕事かと疑っておったが、面白いではないか。存外に、わしと同じことを考えるものぞな」

 ……皮肉にも程がある。

 そして、そう皮肉られても仕方ないほどに、俺たちの考えは底が浅かった。もしくは、この手で来られることをあらかじめ見抜いていたかだ。俺たちは、松永様の手のひらの上で戦ってしまったということなのだ。


 とはいえ、率直に言って、最後に「面白い」と言われるとは思ってもみなかった。まして、精一杯的外れにした返答に、「わしと同じことを考える」とは……。

 俺にとってはこれ、的外れを狙ったら、実は的がそちらにあって、図らずも的中してしまったようものだ。

 これでは却って的が絞りきれぬ。

 松永様は、日々、なにを考えて生きておられるのだろう。まったく掴めぬではないか。

第24話 取引

に続きます。

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