第19話 すやり霞
「左義長に関して描かれるのであれば、久秀様の弟、長頼様に内意を得るのもよろしかろうと思われます」
なるほど。言いたいことはわかる。
久秀殿はあまりに油断がならぬ。
ならば、そのように対象を分散し、警戒されぬようにするのは一つの手であろう。
俺、しばし考え込む。
直治どの考えから、己の考えと覚悟も決まる。
「なるほど。
内裏、花の御所、寺社から断られることはなかろうから、すべての要は松永殿とも言えるな。
直治どの。その線で松永殿本人に話そう。
さらに……」
と、俺は続けた。
「将軍様には今日にも使いを出し、早ければ明日にでも再度お目通りを願うこととし、松永殿の塗輿免許をお願いしよう」
俺は、話を続ける。
「おそらくは、なんら問題なくお聞き届けていただけよう。
将軍様にも利のあることではあるし、我らがすでに狩野の工房から足を踏み出せぬ状態になっている旨をお伝えすれば、わかっていただけるだろうからな」
うむ。
とばかりに、その場の全員で頷きあう。
俺は、話し続ける。
「とりあえずだが、そのあたり、早急に済ませねば外を出歩くこともできず、描き出すこともできぬ。
一年を通してその姿を描くとなれば、今日の一日から、一年後の今日に至るまで、三百六十余日の姿を描かねばならぬ。となれば、一刻も早く描き出したいものだ。
なにせ、なんらかの行事がある日は当然のこととして、京の一年はそれのみで過ぎていくわけではない。至るところで、老若男女の毎日の生活の営みが行われている。それこそを描かねばならぬからな」
俺の言葉に、信春が問うてきた。
「それ自体はわかっている。
だが、それぞれをどう絵にまとめる?
俺が今言っているのは技の話だ。京の町のすべてを写し取るなど、実際にはできかねるぞ」
「大和絵の金雲を使う。すやり霞だ。
小蝶、このあたりも助力を頼む」
「はい、兄上」
小蝶め、うれしそうではないか。
だが、大和絵については、この四人の中でも小蝶に一日の長があるのは事実だ。
金雲、つまり、すやり霞とは大和絵の技法だ。
金色の雲の合間から風景を覗き見下ろすという描き方は、今回のような絵には必ずと言っていいほど用いられる技法である。金雲で隔てられた風景同士は、絵に描かれた立地の繋がり、季節の移ろいなど、かなりの部分で辻褄を考えなくてよいという暗黙の了解がある。
絵巻物など、解きながら、巻きながら見ていくうちに、描かれる舞台や季節が変わっていくものだが、金雲、すやり霞で隔てられていれば、それはそこで空間なり時間なりが経過したということなのだ。
そうでなれば、風景を描くときは厳密に歩測からすべてを始めねばならなくなってしまうし、絵に表せぬ時はくどくどと説明の文を付けねばならなくなってしまう。これはすでに絵ではなく、絵図面、絵地図であろう。
だから、金雲を使えば京の各条坊※のすべてを精密に描く必要はなくなるし、四季の移ろいもおおよその流れに従えば、一枚の絵に同居させてもよいものとなるのだ。
我々は、ただ単に雲の間から覗く、その折その折の京の生活を描いたという趣向になり、見る者も暗黙の了解の内に同じ視点を共有するのだから。
「では、我々は、そのすやり霞の中に見える風景を描けばよいのだな」
信春の念押しの確認に、俺は首を縦に振った。
「なるほど、わかった。
京の町を描く構図建てもわかった。
だが、全体を考えるのであれば、外せぬ名所名蹟、建物は一覧にしておくべきではないか。さすれば、描き忘れもなくなり、描く許しを得たかどうかもすぐにわかろうというもの。
我々も下絵を描きに参る際にも、落ちがなくて済む」
これには珍しく、小蝶が大きく頷いた。
小蝶が信春の言に賛意を示すなど、初めてのことだ。
たしかにその便利さはわかる。だがしかし、懸念もあった。
俺は賛意を示さない直治どのの方が気になっている。
「直治どの、どう思われるか?」
念のために、俺はそう声を掛けていた。
※条坊 ・・・ 平安京の市街区画。 朱雀大路によって左京・右京に分け、南北に走る大路によりそれぞれを四坊に、東西に走る大路により九条に分け、碁盤の目のように区画した。
第20話 工程扇絵
に続きます。




