第15話 七十而從心所欲不踰矩
信春、口を閉じたり開いたりしているだけで、声が発せなくなっている。おそらくは、絵師としての良心と男の意地がせめぎ合っているのだ。
それに信春ほどのものを考えない男でも、その宣言をし、それを小蝶と直治どのが他に漏らしたらどうなるかぐらいのことはわかるのだろう。信春の才能を買い、認めている者ですら、「信春はおかしくなってしまった」と噂するだろう。これは、実際の才能の多寡の話ではないからだ。一介の野良絵師が、日の本一の絵画の派の棟梁を貶めたのだから、そう思われても仕方ないところがある。
信春、顔色が赤くなったり青くなったりし、小蝶の視線から逃れようとそわそわするものの、小蝶は下から睨みあげるようにして信春の逃げを許さない構えだ。
これには俺、さすがに可哀想になった。
「信春。
面と向かっては遠慮もあろう。そのうちにその宣言、聞かせてもらおう」
俺は、そうその場を救ったのだった。
信春がほっとした顔になったところで、小蝶め、矛先を変えた。
「直治どのはどのようにお考えを?」
平然と口調も変えず、そう直治どのに問う。俺がこの場を取り繕ったというのに……。小蝶め、また腹を立てているな。
直治どの、もの言いたげな視線を上げたものの、小蝶に正面から見据えられて、なにも言えぬままその視線を再び下ろしてしまう。まぁ、小蝶の方が直治どのより二つ年上だから、仕方ないのかもしれない。
だが、信春は小蝶より六つも年上ではないか。それなのに小蝶に言い勝てないのは、信春めもどこか小蝶に対しては甘いのであろう。狩野の棟梁の俺に対して遠慮がないのに、その妹に対して遠慮しているとは考えられぬからだ。
「そうは言うが、小蝶どの、そこまで私の絵は源四郎どのより下かな?」
信春は、諦め悪く小蝶に再度聞く。聞くと言うより、愚痴だな、これは。
まあ、この問いは、信春が直治どのの問いを代弁し、救ったということでもあろう。一番年若き直治どのが、同じ問いを歳も立場も上の我らにできるはずもない。
「上下を思っている間は、決して兄上に勝てはしませんでしょうよ。下剋上の実現は果てしなく難しゅうございましょう。
そもそもですが、なぜ信春さま、直治さまが兄上と同じ舞台で勝負されようとしているのか、小蝶には不思議で仕方ありませぬ。
そこまでご自負がおありなら、自らの得意の舞台を作られて、そこに兄上をお呼びになればよろしいではありませぬか」
「俺の舞台……」
そうつぶやいて、信春の目が空を泳ぐ。
信春の絵筆を持つ腕は、仏画に育てられた。今はそこから離れ新たな画風を模索している最中だ。その苦しみを図星に指摘されれば、目も泳ごうというものだろう。
見れば、直治どのも同じように目が泳いでいる。
直治どのは関白様のお言葉に、自らの筆致の硬さを自覚し、水墨画から踏み出すべく同じく苦しみの中にいるのだ。
「小蝶、そういじめるな。
狩野の場にいながらそれに呑まれず、染まりきらず、信春も直治どのもおのれの道を探し続けているではないか。これは、容易ならざることぞ。
なぁ、お二方。
狩野の絵が漢画と大和絵の中にあるとすれば、小蝶の絵は、狩野と大和絵の中にある。その舞台での小蝶は強いぞ。
あくまで例えばの話だが、ぱあでれの持ってきた絵は、漢画とも大和絵とも違う。いにしえに伝わってきた波斯国の絵もまた異なるものだ。世界は広い。それぞれを混ぜ合わせることまでも考えれば、舞台はいくらでも考えられよう。
さらに、精進次第では、それぞれを超えたものだって生み出せぬとも限らぬ。
つまり、舞台は無限にある」
俺の蛇足の言に、信春はうめき声をあげた。
信春の理想は、俺が例に挙げたものとは違う。それはわかっている。
おのれの才の趣くまま、自在に筆を動かしたい。ただ、ただ、これに尽きるのであろう。
だが、そもそも孔子ですら「七十而從心所欲不踰矩」。すなわち、「己の欲する所に従えども矩を踰えず」という境地に至ったのは、「七十にして」なのである。
信春がその歳になるには、まだ五十年かかる。それまで、試行錯誤を続けるしかないではないか。
悟りまでの道はあまりに遠いなぁ、信春よ。
「それはともかく……、信春。
今回のことは手伝え。無限というほどの人を描き、建物を描くうちに、さまざまな試しができよう。結果として、一番早くおのれの舞台が見つかる方法やもしれぬぞ」
「うむむ。
なんぞ、うまく丸め込まれた気がしないでもないが、まあいい。絵師ならば、誰でも夢見るような仕事だ。たとえ生命の危険があってもな」
信春は、そう言って首を縦に振った。
第16話 滅気ぬなぁ、小蝶
に続きます。




