第14話 慶事は難事を黙示する
「京ではこのような専横がされていると、長尾殿は見るわけだな?」
俺の確認に、直治どのはうなずいた。
「はい。
そして我々は、『松永どのの盛大なる左義長は、今や京の小正月を代表するものと思うておるから描いた』と言えばよいのでございます。
加えて、左義長は難事を払うという意味もあり申します。左義長は慶事(※)。さすれども、松永殿にとっては長尾殿の上洛によって、難事(※2)を払わねばならぬ状況になっていると、そう取ることもできるのでございます」
……なるほど。
慶事は裏返せば難事を黙示する。
直治どの、俺の父上並の腹芸ではないか。戦乱に怯える毎日は、ここまで人を育てるものなのか。それに比ぶれば、俺はまだまだ甘いとしか言いようがない。
「その他にも……」
と直治どのは続ける。
「長尾殿は、塗輿の使用を許されたばかりでしたな。
馬ではなく、輿に乗った姿を描けば、それだけで見るものが見れば長尾殿とわかりましょう。塗輿は、守護代以上にしか許されておりませぬゆえ。
しかも……」
「しかも、なにかな?」
「塗輿は正当なる権威の証。
私の国のような下剋上の結果としての支配ではない、大義名分ある力の行使を象徴するのでございます。つまり、正統なる将軍様の意を受けた行いとして、長尾殿を描くことができるのでございます」
なるほど、と俺は思う。
だがそこで、信春が口を出した。
「しかしですなぁ、正統正統と言っても、今川殿は討ち取られてしまわれたではないか。
聞くところによると、討ち取られた桶狭間の地には、塗輿が半壊で転がっていたそうな」
「なんということを……。まさに下剋上でござるな」
その話は、すでに父から俺は聞いていた。そのときには、俺も直治どのと同じく、「なんということを……」とつぶやいたのだ。
「今川殿も、『塗輿をもって押し出せば、弱小守護代の家臣などすぐにひれ伏す』と思われたのでござろうなぁ。
時代は変わったのか、それとも荒々しき武士とはそもそもそういうものなのか。
滅多なことは言えぬが、油断といえば油断であろうが、今川殿がなんらかの因果応報を受けたのか……」
信春が呻くように言う。
「たてとえそうでも、すべての権威を無きものとしたら、それは獣の世。権威というもの、なんらかの形で残さねばなりますまい」
この直治どのの言には完全に同意するが、乱世なのだから権威を無視できる者が強いのもまた事実なのだ。
信春、直治どのと揃って俺、ため息を吐いた。先行き、暗雲垂れ込め、真っ暗ではないかと落胆したのだ。絵師にとっては、いくさのない静謐のときこそが稼ぎどきなのだから。
「揃って、なにを仰っておられるのやら……」
しれっとした口調で、小蝶の声が響いた。俺たちは一斉に視線を上げ、小蝶を見た。
どういうことか?
俺たちが世の不条理を嘆じてはいけないのか?
小蝶の声が響く。
「信春さま。
直治さま。
あなた様たちも普段から兄上に対し、下剋上をなさろうとされているではありませんか。自ら日夜、そのようなことを兄上に仕掛けておいでのくせに、武家の下剋上に対してだけ嘆くのは、いかがなものかと思われますが。
この場で嘆くことが許されているのは、唯一人、兄上だけでございます」
「小蝶どの、それはつまり、私めがそなたの兄上より下だと仰っているので?」
信春の声が不快の色を帯びた。
まあ、面と向かって「お前の方が下手」と痛罵されたのに等しいから、信春が血相を変えるのもわからなくはない。
自分が下剋上と同等のことをしているということも言われて初めて気がついたであろうし、それによる負い目も実のところではあるのではないか。
「おや、では、信春さま。
あなたさまは、我が兄上より自らの描くものが上だと、ご自身で言い切れるのですか。
では、今ここで、胸を張ってそう言い切ってくださいまし。ここには、直治どのもいらっしゃいます。狩野の家の者が、二人がかりで信春どのの意を捻じ曲げたなどと言われるのは心外ゆえ、ちょうど良いかと。
さあ、さあ、信春どの。
絵師としてのお心に背かず、ぜひとも仰ってくださいませ」
……小蝶、お前、随分と畳み掛けるではないか。
※慶事 ・・・ おめでたいこと、お祝いごと
※2難事 ・・・ 処理するのが困難なことがら
第15話 七十而從心所欲不踰矩
に続きます。




