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洛中楽Guys ー若き絵師たちの肝魂ー  作者: 林海
第二章 ご下命、如何にしても果たすべし

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第13話 使い回しされようか


「そうなると、長尾殿とともにではなく、長尾殿を見捨てて関白様は京に戻られることになるやもしれぬな」

 俺の確認に、直治どのはうなずく。

「はい。

 負けた長尾殿は、京までの軍勢を整えること、早々には叶いますまい。

 そうなると、このご下命の絵、将軍様にお納めする日は来ないやもしれませぬ」

「なるほど、ようやくわかった。

 それが直治どのの読みか。これから描くこの洛中洛外図、納期どころか求められぬようになる、と。

 それはよい。どうせ前払いなのだ。皆で、ゆっくりと良い絵に仕上げようではないか」

 俺の言に三人は頷いたが、直治どのはまだ言いたいことがあるらしい。


「納期が来ない絵だとしても、でございますが……。

 必ずや、必要とされる日が参りましょう」

「それは、直治どの、どうお考えになっているのか」

 さすがにうすうすと直治どのの考えが俺にもわかるようになってきたが、あえて聞いた。答えは突合(とつごう)しておかねばならぬ。このような問題に、間違いは許されぬからだ。


「今回の発端となった、尾張の織田殿についてでごさいますが……。

 関白様、将軍様ともに、長尾殿と手切れとなりしときは、新しく現れた強き者に縁を作られようとするでしょう。

 そのための道具として、今回のご依頼の絵は使い回されるということもなきもあらずや、と」

「なるほど」

 そう言って俺、笑いだしてしまった。(まつりごと)の業は深い。だが、それゆえにこの絵は不要とはされず、使い回しされようかと。


「なるほど、では、描くだけ描き、将軍御所に向かう……、例えば長尾殿を描くのは一番最後にした方が良さそうだ」

「で、ございます。

 お納めする三日前に真の完成を見るのでも良いかと」

「よかろう。

 さすがは直治どのだ。そう致すとしよう。さらに言えば、その時の織田殿には『たったひと月で納品できましょう』と、値を吊り上げてくれよう」

 俺の言葉に、信春以外は笑った。まったく、信春は人間としては誠にいい加減、金勘定ですらまともにはできぬくせに、こと絵に関してだけはひたすらに禁欲的なのだ。


「続けてよろしいでしょうか」

 さらに直治どのが言う。

 これはなんとも助かるな。

 俺が独りで考えていても限界があるし、父の読みは深いがこれも京の町衆の読みの範囲を出ない。ゆえに、武士の視点からの直治どのの先読みを聞くことができるのは、まっことにありがたいことだ。


 俺が頷くのを見て、直治どのは再び話しだした。

「今回の洛中洛外図、京のことをここまで描き込むのは、静謐なる京の町を表すだけでなく、瞞着(まんちゃく)(※)のためでもござりましたな。

 長尾殿をその洛中洛外図に描くに当たり、描かれた人々の十分の一であれば目立つものの、百分の一では目立たぬでしょう。

 さらに千分の一であれば、その真意を見抜くことはほぼ無理ということかと」

「ご明察だ、直治どの」

「つまり、この瞞着自体が、絵の利用範囲を広めるということ。武将のみならず、公家、門跡すら申し開きの理由となりましょう」

 なるほど、直治どのの言いたいことはよく分かる。俺は、三好殿を始めとする武家への瞞着のことしか考えてなかった。たしかに危機はどこから来るかはわからぬ。備えはどこに対してもやっておくべきだろう。俺たちにとっては、筆を走らせばできることなのだから。


「さらに、描かねばならぬものも、それだけでは足らぬと考えまするが……」

「なんと……」

 俺は直治どのに先を促す。

 幼き頃から乱戦の中に育ち、長じては身の安全のために京に来ている直治どのなのだ。俺の考えが甘いと言われても、反論はできぬ。


「家紋、旗頭は描かぬように。

 敵を描くのを忘れずに。

 なお、その際には、祝いの場を描くように、と考えまする」

 家紋、旗頭については、最初から俺も考えていた。父も考えていた。だから驚きもしないが、「祝いの場」とはなんのことであろうか。元服を迎えて一年しか経っていない、十三歳の直治どのの言うことが俺にはわからなかった。


「祝いの場を描くとは、どのような……」

「例えば、三好殿の家臣、松永久秀殿。

 これは三好殿より恐ろしき相手にございまする。だからこそ、その屋敷を描くのでござる。そして、例えばでござるが、左義長(さぎちょう)を描くのでござる」

 左義長とは、小正月に正月の飾り物を焼く宮中行事である。地方によっては、どんど焼きなどとも言われているらしい。


 ああ、なるほど。

 少し考えれば、自明のことだ。だが、気づかねば間違いなく描かずに終わっていただろう。

 今、この宮中行事は極めて小規模にしか行われていない。なぜならば、燃やす竹がないのだ。従来、左義長のための竹は山科から運ばれていた。なのに、その山科を松永殿の家の者が領地としたのちは、この竹が運ばれなくなったのだ。

 その一方で、松永邸では小正月に盛大な左義長が行われている。

 これを、主上を蔑ろにする行為と言わずなんと言おうか。ひいては、三好殿の専横を表す事柄ではないか。



※瞞着 ・・・ ごまかすこと。だますこと。


第14話 慶事は難事を黙示する

に続きます。

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