第12話 長尾殿、武田殿、北条殿
「簡単なことでございます。
長尾殿は越後(新潟)を発ち、武田殿の信濃(長野)を迂回し、上野(群馬)、武蔵(埼玉、東京)を通り抜けて相模まで行かねばなりませぬ。しかも、越後、上野の間の大山脈を越えてでございます。
なのに北条殿と手を結んでいるのは今川殿だけにあらず、甲斐の武田殿も、でございます。長尾殿が北条殿を討った場合、次は武田殿となるは必定。武田殿がそれをわからぬはずはありませぬ。北条殿に味方して、二対一の有利は決して崩しますまい。
つまり、位置から見れば、小田原まで遠征する長尾殿の軍の横腹に、信濃と甲斐から武田殿は食らいつき放題ということでございます。長尾殿は当然のように対策されてはおりますでしょうが、その横腹の距離はあまりに長く、到底守りきれるとは思えませぬ。『守るより攻めるが容易』とは、このことでございます。
さらに、武田殿は信濃の川中島から、長尾殿の本拠地である越後に直接攻めかかることもできましょう。長尾殿が安心して小田原を攻めるためには、相当の根回しと三国いや、五国を守るほどの兵を持たねば安心できますまい。
今までに、長尾殿は何度もいくさに勝たれてきましたが、周囲の国に対して勝ちきれず、叩ききれなかった憾みがここへ来て噴き出しましょう」
俺は、頭の中で日の本の国割図を思い浮かべる。
なるほどな。直治どのの言、納得せざるを得まい。
そして、父の話していたことを俺は思い出す。「常に戦に勝ち、軍神と呼ばれるほどの武将でありながら、常に勝ち切ることができぬ。敵を討ち取り一族を根切りにするか、敵国に二度と逆らわせないだけの致命の打撃を与えるか……。そのどちらかをせねばいくさは永遠に繰り返されるというのに、そのどちらもせぬのだよ、長尾殿は」と。
同じことを直治どのも感じていたのだ。
「それだけではございませぬ」
そう直治どのは続ける。
もう終わりかと思っていたぞ。まだあるのか……。
「武田殿は、長尾殿がいなくなれば長年の夢が叶いまするゆえに、今川殿、北条殿との約定の有無にかかわらず、決して静観はいたしますまい」
「……武田の夢とは」
俺はそのまま返すように聞いた。それに対する直治どのの答は簡潔を極めた。
「海を得ること」
なるほど。なんと、わかりやすいことよ。
今の武田殿は、莫大な富を生む南蛮貿易から完全に締め出されている。硝石などの軍資も高値でなければ贖なえぬ。生きていくに必要な塩すら高値なのだ。
越後に出るか、駿河に出るか、どちらにしても海は欲しかろう。
「まだ長尾殿のいくさすら先のこと。ですが、そのような武田殿の夢のためのいくさは必ず起きましょう」
うむ、多数の大名の思惑をすべて読み解かねばならぬのか。めまいがするほどの膨大な想定戦が必要となるだろうし、歳若き直治どのと天賦の才の差すら感じてしまう。
ただ、それでもなんとなくわかってきた。地の利と各大名の欲は密接に関係している。当然、それぞれの地の産物もだ。そこから10年後を予測すればよいのだ。
「直治、なんでそこまで考えられるのだ」
俺の感慨とは別に、信春が聞いた。さすがに、直治どのを見る目つきが、後進を見るものではなくなっていた。
「我が父の肥前国籾岳城は海に極めて近うございますれば。それと、今は京にいて……、その京から見ておるからかもしれませぬ。鄙にいてはなかなかわからぬでしょう」
うむ、京にいるという意味では、ここにいる全員がそうなのではあるが……。
これにはなかなかに敵わぬが、俺もこういったことは学んでおかねばならぬな。
「では、関白様が、長尾殿をお見限りになるというのはどういうことか?」
俺、話を戻した。
「越後から上野を経て相模。長尾殿の軍勢の行程、九十里はございましょうな。そして、越後から京までが百三十里。
いくさ上手の長尾殿、さぞや相模では善戦なさるでしょう。ですが、小田原城を落とせぬ以上、これは負け戦でございます。その無念なる思いが、否応なく関白様にこう考えさせましょう。『九十里を矛先の向きを替えて、少し距離を増した百三十里、京であったらどうなっていたか』と。『小田原ほどの城を持たぬ三好であれば、一蹴できたのではないか』と。
長尾殿が善戦なさればなさるほど、負けたときに『この遠回りに意味はあったのか』との関白様の残念なる思いは強くなるのでございます。ましてや、その遠因は関白様と将軍様が作られたこと。その悔いもありますゆえ、あとはもう言うまでもなきこと」
……いちいちもっともだ。
よくもまあ直治どの、少ない材料からここまで考えたものだと思う。特に、長尾殿が善戦すればするほど、関白様との間に溝が生まれるというのには説得力を感じた。
第13話 使い回しされようか
に続きます。




