第10話 そのようなことでよいのかっ
「信春の言うとおりだ。俺独りでもできよう仕事もあるが、この洛中洛外図については膨大な下絵がなければ描きようがない。
そして下絵といえど、憶えで描かれた下絵では困るのだ。俺も京の育ちゆえ、憶えを頼りに描くことはできる。だが、憶えや想像で描いた部分が増えるほど、今の京の町を写したことにならぬ。現に、俺はぱあでれが南方から持ち込んできたというかぼちゃ瓜の饅頭を知らなかった。斯様に、京の町は移り変わりが激しい。此度の仕事は、隅々まで完成された今の京を表した下絵が必要なのだ。
部分部分は、あらかじめ描いたお前たちの絵の方が原本なのだし、その原本が信頼できねば、俺はなにも描けぬではないか。だから、俺はお前たちに頼むのだ。俺はお前たちを、お前たちの絵を信頼している。
どうか、この仕事、受けてくれ。
そして当然のことながら、お前たちの下絵、俺であっても写し描ききれぬこともあろう。信春の才気のほとばしり、直治どのの揺るぎなさ、小蝶の愛さ、それらについては助力して貰わねばならぬ。そして、それもかなりの筆量になるだろう」
そう言って、俺は再び頭を下げた。
大画は規模が大きいにせよ、細密ではない。だから、隅々まで目が行き届く。
花鳥図の屏風絵などは、描く大きさは大なりと言えども、そこに描かれる生き物の数は二十に満たないのだ。
逆に扇絵などは小さなものだから細密にできるが、大きくはなりようがない。
つまり……。扇絵の密度を保ったまま大画を描くのは、無理難題以外のなにものでもない。
だが今回、それを俺はやりたいのだ。
そして、この三人とともに描くなら、それもできるはずだ。
仏画、水墨画、大和絵、それぞれの依って立つ技は異なる。だからこそ、建物から愛い京の童まで下絵を描ききることができよう。
そして、俺には俺の覚悟もある。俺は「助力して貰わねばならぬ」とは言った。だが、あたり前のことだが、それは俺よりも筆が立っていることが条件だ。信春の才気のほとばしり、直治どのの揺るぎなさ、小蝶の愛さ、そのすべてを俺は凌駕(※)して見せようではないか。結果として、彼らに筆が渡ることはない。俺とて狩野の棟梁だ。そうなるまでの精進を見せつけてくれようではないか。
「で、その大作を描く期間、どれほど許されているのだ?」
「……一年」
「正気か、源四郎。それはあまりに無謀な……」
「下絵を毎日描いても、建物はともかく人の姿までとなると……」
「夜も寝ずに描くという無理をしても、難しゅうございます」
口々に、三人は懸念を口にした。
まぁ、確かに真っ当に考えればそうなる。あくまで真っ当に考えれば、だ。
「一年で問題はない。
まずは、辻褄を合わせることだけを考えていればよい。絵の質さえ良いものを選んでおけば、あとはどうでも良いとは言わぬが最低限での絵でな。
おいおい、最後まで話させろ」
三人が三人とも俺の言葉に血相を変えたので、俺は手のひらを皆に向けて、それぞれがなにかを言い募ろうとするのを止めた。
「言うておくが、『手を抜け』と言っているのではないのだぞ。むやみに怒らず、まずは俺の話を聞け。
今回のこと、最初から政向きの仕事だと言ったはずだ。祖父も父もこのような下命を受けているが、未だかつて納期が守られた試しはない。
大抵は伸びる。
言っておくが、こちらではなく発注元の都合で、だ。伸びに伸びた挙げ句、不用と言われたことも幾度となくあった。それほどに、政向きの仕事は状況に流されるものなのだ」
俺の言葉に、当然のように信春は納得していない。
直治どのは、軽く頷いている。だが、素直に同意しているわけはない。
小蝶に至っては、俺の顔に視線を据えたまま動かない。
信春が口を開いた。
「だから大丈夫というのは、絵師の仕事に対する姿勢として許して良きものなのか。
自ら、おのれの仕事に対する責任を取らぬと言っているに等しいぞ。狩野はそのようなことをせぬ、日の本一の絵師ではなかったのか。源四郎、お主、そのようなことでよいのかっ」
その語調は激しく、俺に殴りかからんばかりの勢いだ。
「よいさ」
極々あっさりと返した俺の一言に、信春は目を剥いた。さらに口を開きかけるのに構わず、俺は話を続けた。
※凌駕 ・・・ 他を凌いでその上に出ること
第11話 そこに、なにか問題があるのか
に続きます。




