第6話 立膝、胡座、跪座
おそらくは、父上のことだ。相当に幾重にも考えを巡らしているのだろう。「まだ高弟の名乗りも許されていない、つまり狩野一門ではなく、だが腕が立つ信春、直治の両者であれぱ、利用できるだけ利用して最後は蜥蜴の尻尾のように切り捨てても問題ない」と言いたいのであろう。
小蝶すら使い捨てにする考えであっても、俺は驚かぬ。
だが、俺はそこまで非情にはなれぬし、その判断をせねばならぬ時が来ぬよう手を打ち続け、祈るしかない。
ただ、そのようなことを考えぬにしても、この仕事、この者たちと進めるしかない。できうる限り少人数でことを進めたいし、そうなるとなにより腕が必要だ。
そして、腕と同じぐらい必要なものもある。
それは勁さだ。最後まで意地を貫く勁さがなければこの仕事は勤まらぬ。俺に角逐の意をあからさまにする者たちゆえに、そこは信用できよう。つまり、俺という狩野の棟梁の権威に公然と楯突く以上、他の権威にも負けぬ性根を持っているはずなのだ。
さらにこの三人、意の強さだけでなく関白様のお声掛りという共通点がある。将軍様の依頼は、ひいては関白様の依頼である。その依頼を断りはしないはずだ。
俺は、三人を連れて自分の部屋へ移動する。
誰にでも話せる話ではない。まして、こちらを窺っている目があるのであれば、尚のこと。話す相手だけでなく、場所を考えねばならぬ。
「まずは座れ」
そう声をかけて俺は腰を落とした。
俺と直治どのは立膝で座り、信春は胡座をかく。小蝶は跪座(※)だ。こんなところにも育ちや性格が出る。
「祖父の描いた、洛中洛外図を知っているか?」
まずは俺、そう切り出した。
「見ております」
これは小蝶。
だが、信春、直治どのは首を横に振った。
まあ無理もない。
この間亡くなった祖父が、知命の歳(※2)のときに描いた絵だ。三十年以上前の話になる。ここにいる誰も生まれてなどいない。
「知っていたら申し訳ないが、信春と直治どのは上洛してきた身ゆえ、一応話しておこう。
京の都を、唐の都の洛陽になぞらえたのが、『洛』の字の使い始めだ。そして、平安京の中の左京を洛中といい、その他を洛外と言う。
平安京の外でも、都としてふさわしいところであれば、まあそれも洛外と呼んで差し支えはなかろう。まぁ、外とはいえ都のうちなのだ。
洛中洛外のさらに外、都と認められぬところは山城国となる。
ここまではいいか?」
各々が頷いた。
「洛中洛外図とは、京の都の名所を描き、その周辺の人々の生活も描くものだ。
今回、俺が下命を受けたのは……」
「お待ちを、兄上。
襖を開けてまいります」
と、小蝶。
これには俺、素直に反省した。自分の家だからと、油断があったことは間違いない。今の時点ではまだ監視は家の外だけで、家内では盗み聞きする者もおらぬであろうと高を括っていた。だが、それは無防備で良いと思うこととは別の話であろう。
そもそもに、小蝶は俺の顔色から容易ならざる話と踏んだのであろうし、その俺がこれでは密とすべき話が成り立たぬ。
正直に言って、小蝶のこのような気遣いは果てしなくありがたい。
小蝶が襖をすべて開け放ち、周囲に人がいないことが一目瞭然となった。謀は密なるを良しとす。だからこそ、開け広げるのだ。
小蝶に気を使わせてしまったが……。
ひょっとして、小蝶は居候としての自覚があり、この家を自分の家として安心しきって住んでいるわけではないのかもしれない。だからこそ、油断がなく、ここまで気が回ったのかもしれぬ。
俺の考えすぎかもしれないが、そうだとすれば憐れですらある。
小蝶は妹といいながら、実ははとこなのだから、俺が考えている以上にここを自分の家ではないと思っていても仕方がないことなのだ。
だが、小蝶がこのような心持ちでいるのであれば、形の上だけの兄であっても、俺とてそれらしいこともしてやらねばならぬのではないだろうか。
※跪座 ・・・ つま先を立てた正座
※2知命の歳 ・・・ 五十歳
第7話 意地を懸け、命を懸け
に続きます。




