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洛中楽Guys ー若き絵師たちの肝魂ー  作者: 林海
第二章 ご下命、如何にしても果たすべし

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第5話 共に描くが良い


「おう、源四郎、顔色が優れぬな」

「余計なお世話だ、信春」

 相変わらず観察は細かく、それを口悪く表す男だ。

 だが、これでいてこの男、案外常識人なのだ。俺を心配してくれているのやもしれぬ。


「まこと、ご心配ごとが尽きぬようでございますな」

「直治どの、ご明察」

 こちらには、そう答える。

 素直に話してくれれば、俺とて素直に返せるのだ。


 工房の弟子たちは、俺がどこに行ってきたかを知らぬ。

 貴人と会う予定をすべて知らせることは、百害あって一利なしだからだ。ただ仕事に取り掛かるとなれば、そうも言ってられぬのだが。

 だから俺の気苦労は当然知らぬにせよ、信春も直治どのもさすがに絵師としての才覚で、人の顔色から心情を洞察する力も()くしているのだろう。


「兄上、夕刻までにはまだ間がありますゆえ、菜饅頭など。少しでもお食べになれば、良い思案も浮かびましょう」

 小蝶の言うとおりだ。昼飯時を逸し、朝に粥を食してからなにも食べてはいない。

「すまぬ、小蝶」

 俺はそう言って、小蝶の差し出す蒸し菜饅頭を一つ手に取る。その出来からして、行商に来た者から(あがな)ったのであろう。


 砂糖の入った餡饅頭は、俺が子供の頃には見なかったように思う。

 近頃は日常でも売りに来るのを見るようになったが、饅頭一つで百文もの値がする。百文あれば、油なら一升、酒ならなんと一斗も贖うことができる(※)。

 油は値の高いものの代表格である。荏胡麻(えごま)にしても、菜種(なたね)にしても、粒の小さな種子から搾るのは大変な労苦だろう。高いのも当然という気がする。

 ちっぽけな饅頭一つがその油の値に相当するのだから、砂糖というものを作るのにどれほどの労苦が必要なのか想像もつかぬ。


 この値は、狩野の財力を持ってすら常食は(はばか)られる。おそらくは関白様と言えども、ご進物でなく自腹を切るとなれば年に数回しか食せまい。だが、そんなものでも行商に来るのが京の町の恐ろしさだ。


 もちろん、今俺が手に持っている菜饅頭であれば驚く値ではない。

 だが、値の桁が二つ違うものを一緒に並べて売っているのだから、饅頭屋というのも珍しい商売だ。そうは他に例がなかろう。

 ……っと、うちは六桁か。

 人のことは言えぬものではあるなあ。


 そんな思案をしながら、菜饅頭を一口食べる。

「うむ、美味い」

 菜饅頭のはずなのに、予想していなかったほのかな甘さが口中で弾け、肩から余計な力が抜けるような気がした。

 甘いものは本当に久しぶりだ。小蝶の気の利きようがありがたくもあるが、はて、この甘さはなんであろう。


「この餡は?」

 俺は饅頭の噛り口から餡を見て、小蝶に確認する。まるで(たちばな)の実のような、山吹(やまぶき)の花のような鮮やかな色のものが入っていたのだ。

「ぱあでれが南方から持ち込んできた野菜で、かぼちゃ瓜と言うそうな。今が走りで、蒸して潰すだけで砂糖を使わなくても甘いとか」

「そうか、この餡、甘いだけでなくなんとも良い色であるな」

 俺はそう言って、残りを口に入れた。


 饅頭を飲み込みながら、俺の頭の中で一つの考えがまとまっていくのを感じていた。

 行商、そう、京の町はこのような商いをする者が多くいるのだ。それも、ぱあでれが南方から持ち込んだ野菜を、即座に旨い菜饅頭にするような目端(めはし)の利く者たちが、だ。これを活かさぬ手はない。


 小蝶が差し出してくれた(ぬる)茶を飲むと、考えがまとまり気持ちも前を向いた。

「信春、直治どの、小蝶、話がある」

 俺は三人を呼び集めていた。

 俺の脳裏には、父の「良き腕の者たちゆえに、共に描くが良い」という言葉が残っていた。



※升、斗 ・・・ 1升は約1.74リットル、1斗は10升。この頃の京枡を豊臣秀吉が太閤検地の際に標準として定めた。その後新京枡とて、1升は1.8リットルとなる。

第6話 立膝、胡座、跪座

に続きます。

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