第4話 はや、手が回ったか
帰りの道すがら考えていた。
今回のご下命、考えれば考えるほど難しい。
まさか長尾殿が馬に乗って御所に駆け込む姿など、あからさますぎて描けるはずがないではないか。
かといって、無難すぎて伝わらぬのでは意味がない。どんな絵柄ならよいかと、つらつらと考え思い悩む。
父の言に従うのであれば、長尾殿が見れば自分だと思うが他の者が見れば誰だかわからないのが次善、最善は見た者がそれぞれに自分だと誤認することであろう。そうであれば、我が派に火の粉は降りかからぬ。
つまり、武家であっても、どの武家かを示すための道具立てはよほどに考え抜かねばならぬということだ。家紋や旗印を描くなど論外であろうし、白傘袋、毛氈鞍覆、塗輿なども不用意には描けぬ。あえて描くとすれば、問題ないだけのお膳立てが必要になろう。
とつおいつ、考えがまとまらないまま歩き続けていたが、俺についている小者の左介が不意にささやいた言葉で、俺の背筋は凍りついていた。
「若様、後を付けてくる者がおります」
振り向きたくなる自分を必死で抑え、口調が緊張したものにならないように抑えて囁く。
左介は、元々は父に付いていた小者だ。家督を譲られたときに、左介も父から受け継いだ。目端が利き、気が利いてこちらがいちいち言わなくても己のすることをよくわきまえている。足もなかなかに速く、こういうときも俺がいなければさっさと走り逃げてしまっていただろう。
家督を継いだのちも俺のことを「若様」と呼ぶ悪癖こそあるものの、左介でなければ付けられていることに気がつかなかったに違いない。
「左介、いつ気がついた?」
「私めは御所の門を入ったところで、門番の者と若様をお待ちしておりました。その時から付けてきていたのでございます。ここまで付いてくるとなれば、もはや偶然とは言えますまい。
小者を装ってはおりますが、あれは武士ですな」
俺は、軽く左介に肯いて見せた。そのあと一呼吸おいて、白い犬とそれを捕まえようと忍び寄る男たちに気を取られた風で、一度だけ振り返って見てみる。武士が鍛錬のために行う犬追物の犬は、こうやって捕まえる者たちがいるのだ。
なるほど。左介の言うとおりだ。茶染めの薄汚れた着物姿だが、あれは汚れたものではない。そう見えるように汚したものだ。その汚れの付きようが、着る前に汚したようにしか見えぬ。絵師の目はごまかせぬぞ。
……刀を持っているな。
巻いた筵を担いでいるが、微妙に曲がって見える。おそらくは、刀を隠し持っていて、その反りを隠しきれていないのだ。
……はや手が回り、見張りが付いたか。
こういう時、京の町は困る。町の出来上がりが碁盤の目なので、帰宅までに曲がり角が一つしかない。無理やり増やすことはできるが、それはそれで相手を警戒させるだけでまったく意味がない。つまり、撒くに撒けないということだ。
頭の中でさまざまな考えが浮かぶ。
ただ、いきなり斬りつけてきたりはしないだろうとは思う。まずは俺の身元を突き止めようとするであろうし、身元が知られたとしても困ることはない。我らのような職人を殺しても意味がないからだ。
料理人を始めとして、貴人の生活を支える職人は多種多様にいる。それを片端から殺していっても、諍いが露わになるだけでなにも益はない。
それにそもそもとして、いくら京とて一流の腕を持つ職人の数は限られている。だから、将軍家からの下命を受ける職人は、併せて三好家からの依頼も受けているものだ。そこは武士が忠をもって奉公するのとは違い、技を売る町衆の仕え方なのだ。
ただそれはそれとして、将軍様のお考えを突き止めるために、俺がどのよう仕事を依頼されたかだけはなんとしても知りたいのであろう。
結局、その男は狩野の工房まで俺を付けてきた。
俺は構わず工房の建物に入ってしまったが、おそらくここの絵師の誰かに話しかけ、下命の仕事内容を聞き出そうとするだろう。
金を握らされても弟子たちが一人残らず黙っていると思うほど、俺はお人好しではない。
なので俺は左介に、工房の絵師たちにここが見張られていることは話すなと口止めをした。
どうせ工房の誰かが話してしまうのであれば、口止めせぬ方が良い。話しっぷりが開けっぴろげの方が特別な仕事という風が出ないであろう。それに、俺が警戒しているとは気取られたくない。「口止めされた」などと告げられてしまっては、すべてが台無しである。
ともかく手と足を洗い、工房の絵師たちの活気の中に身を置いた。それだけで、安堵のあまり膝が抜けそうになった。
第5話 共に描くが良い
に続きます。




