第3話 このようなご下命とは……
確かに京の町雀の噂でも、三好殿の専横の評判は決してよろしいとは言えない。
実際にその圧を受け続けている将軍様の心労は、いかばかりかと思う。生命の危険すら日々感じていらっしゃるのではないか。そうでなければ、ここまでにお老けにはなられまい。
「よいか、源四郎。
わしの書く書状は、すべて三好の手の者に見られておる。なので、長尾景虎がここに参る刻を示す絵を描け。
見る者が見れば長尾景虎あての上洛を促すものとわかるが、他の者が見ても然とはわからぬ。そういう絵を、だ。
そこを疎かにし、わしが蠢動を始めたと捉えられれば、即、三好はわしを殺しに来ようぞ。もちろんそれはわしの身だけでなく、源四郎、お前も、だ。
だが、その絵を越後に送るときがきたら、それこそが世が正しき道に戻る始まりになるのだ」
またなんと、一介の絵師には荷の重いことを申されるのか、将軍様は。
御用絵師である以上、このような下命も受けぬわけにはいかぬ。だが、「務めとはいえ受けたくない仕事だ」と父が話していたことを思い出す。
ならば、せめて筋は通しておこうではないか。将軍様への思いは思いとして、俺としては派を守らねばならぬのだから。
「絵師として、描く前にいくつか確認させていただきたき儀があり申します」
「構わぬ。申せ」
俺は一礼して、将軍様に問う。
「描きし絵は、長尾殿への進物(※)ということになるやと思いまする。
となりますと、ご下命の絵、将軍家よりの進物に足りうるものとして描いてよろしゅうございますでしょうか?
絵師のこの身には政のことはわかりかね申しますが、金泥等使いますと越後に送る符牒(※2)としては値が高く付き過ぎるやもしれませぬ」
「構わぬ。
生命の方が大切じゃ」
……なんと。「構わぬ」とは。これはありがたいではないか。
だが、「生命の方が大切」と、ここにこそ将軍様の意がある。
進物として描くのであれば、値についても自由に描けるがゆえに、その内容にも言い訳ができようというものだ。「将軍家の儀礼として、『長尾の忠に感謝の意を表し、再会を約そうではないか』という意を示したのみ」と将軍様は言い逃れられるし、俺としても単純に御用絵師としてそのような下命を受けただけと言えてしまえる。
つまり、長尾殿へ上洛を促す命令であれば、御内書 (※3)一枚で事は済む。それをわざわざ豪華な絵として贈る意味はまったくない。
だが、逆に貧相な絵など贈れば進物とは言えなくなってしまい、その裏の意を問われることになってしまう。
「次に仕上がりまでの期間でございます。
政に使う以上、機会というものがございましょう。とはいえ、極端な例えではございますが、明日送りたいと申されてもそれは流石に……」
「一年の間に描ければよい。
関白殿がすでに下向されており、長尾上洛の手はずは着々と調っておるはずじゃ。とはいえ、万の単位の軍勢を動かすにはそれなりの備えの期間が必要であろうし、なによりもまずは上洛の通り道たる越後、越前を騒がす一向一揆を抑えねばならぬ。
こちらは本願寺の顕如に働きかけておるし、それを了とする返事も来ておるがゆえ、近いうちに収まることになろう。
まぁ、それらのことで、時間はまだまだ掛かろうよ」
「それは安心いたしました」
そう答えて、俺は再び頭を下げる。
政向きの仕事は、祖父も父も苦労していたのを見ている。
政変によって急かされたり伸ばされたりするのはやむを得ぬが、できぬものはできぬと一度は言っておかねばならぬ。これには、狩野が自滅するようなものは描けぬゆえ、逃げ道を確保するという意味もある。いざとなれば、「まだ未完成」と言い逃れられるからだ。
実は、これを言いたいがための納期の確認なのである。
「それでは最後でございます。
長尾様に上洛の意を伝える以外の、その他の部分についてはなにかご要望はございますでしょうか?」
「ない。
源四郎の好きにしてもらって構わぬ。ただ、進物にする以上、長尾は家宝として後世に残すことになろう。ゆえに、それに足る品位は欲しい」
好きにせよ、か。
では、十分な品位を保って描かせていただこうではないか。
「すべて、承知いたしました。
なお、これよりは尚一層のご自愛をされるとともに、ご身辺お気をつけあそばされますよう、伏してお願い申し上げまする」
「うむ。
気持ちはありがたいが……。
応仁の乱、続いての法華一揆よりようやく復興した京の町を、再び灰燼に帰すわけには行かぬ。源四郎も町衆の一人としてそれはわかっておろう。
わしもこの地を離れることを考えぬでもなかったが、関白殿がおらぬ今、主上にお仕えする者がいないではすまぬ。
とんだやせ我慢よ」
そうか。
そのやせ我慢を続け、ここまでお老けになられてしまったのか……。
武家の棟梁として生きるのは、絵師の棟梁からは想像できぬほどに厳しいものなのだろう。
だが将軍様は俺の案じ顔を見て、莞爾とお笑いになられた。
「まぁ、要らぬ心配はするな、源四郎。
これでいてわしは鹿島新當流(※4)をよくするのだ。自分の身くらいは自分で守れようぞ。
では、頼む」
「早速に、仕らせていただきます」
このような流れで、結局俺は、この下命をお受けしたのだった。
※進物 ・・・ 贈り物
※2符牒 ・・・ 仲間内だけで通じる言葉、暗号。
※3御内書 ・・・ 室町幕府の将軍が発給した、書状の形式を取った公文書。
※4鹿島新當流 ・・・ 塚原卜伝が編み出した剣術の流派。義輝は卜伝から極意、一太刀を授けられている。
あとがき
第4話 はや、手が回ったか
に続きます。




