第2話 世の静謐はもはや保てぬ
「ひさしぶりじゃの」
「上様におかれましては、ご壮健そうでなによりでございまする」
と、通り一遍のあいさつの後……。
将軍、義輝様の声は、深刻なものになった。
うながされて頭を上げれば……。
俺はと胸を突かれた。なんとも、おいたわしい。「ずいぶんとお老けになられた」と、それが一目見ての俺の思いだった。
八年前、俺が十歳のときに見た、兄かと思うほどの若々しさはすでにない。とはいえ、俺とは七歳しか違わない差が開くことなどありえぬ。つまり、俺が今数えで十八歳なのだから、まだ二十五歳のはず。
だが、四十近くに見えた。
一体、どれほどのご苦労をされた八年間だったのであろうか。
俺とて同じ京にいるわけだし、父も情報を集めてくるから、義輝様を取り巻く状況がどのようなことになっているのかは承知している。
だが、その知識は将軍様の真の労苦を現しはしないのだ。
「今川の件は聞いておるかの?」
「……は」
俺は短く答えて頭を下げる。これは完全に政治向きの話になろう。ならば、まずは将軍様のご心情を推し量らねばならぬ。これは、御用絵師であればこその務めなのだ。
「世の静謐はもはや保てぬ。
今川は、歴とした守護であった。『我が足利が絶えなば吉良が継ぎ、吉良が絶えなば今川が継ぐ』と言われたほどの、な。その者が白傘袋、毛氈鞍覆、及び塗輿の権威をもっていくさ場に押し出し、首を取られるなどあってはならぬこと。まして、そのいくさの終わった場にはその塗輿が転がっていたと聞いている。これは、幕府の権威を蔑ろにされたのと等しいこと。
だが、表向きはそんなことは言えぬ。
武士である以上、強くない者に価値はない。幕府の与えた権威に見合わぬ軟弱者であったとして、心ならずも今川の不甲斐なさを責めねばならぬのだ」
義輝様のお言葉に、俺は平伏する。今の段階で、「心中、お察し申し上げます」などと言葉尻を捕らえられるようなことを言う必要はない。態度で示せばいいだけだ。
将軍様のお言葉は続く。
「世がこうなると、余ももはや三好とその配下の松永の専横を抑えきれぬ。主筋の細川はおろか我が身ままでを抑え込みにくるとは、もはや世のすべての分限を超え渾沌に転がり落ちているとしか思えぬ。今川のことは、その先駆よ。
そうは思わぬか、源四郎」
俺はそれには答えず、再び頭を下げた。
二条御所が安全な地とは、俺には思えなかった。
確実に、間者の類もいると考えるべきであろう。
口に出しての同意をしなければ、まだ逃げ道はある。狩野は御用絵師であって、将軍様の家臣ではないのだから。
「……さすが狩野の跡継ぎよ。八年前のあの童子が、今では腹芸を覚えたか。
これ、すべての襖を開け、隣の間で控えよ」
最後の命は、お付きの者に言ったものだ。
これで、見通しが良くなり、お付きの者も下がった。立ち聞きされる危険は完全になくなった。武勇に優れた義輝様ならではのなさりようであろう。
俺もこれには安堵した。
「取り繕うてもしょうがないので、腹を割って話そうではないか。
そうでないと、わしの思うものを描いてもらえぬからな」
将軍様、自らを呼ぶのに「余」から「わし」になった。本気で腹を割るおつもりらしい。
「いえ、どのようなものであれ、懸命に務めさせていただきます」
頭を上げ、そう返事をする俺を将軍様は性急に遮った。
「よい。
そこは信用しておる。まずはこれからぞ。
関白殿が越後(新潟県)に下向したのは知っておろう?」
「……彼の地の長尾景虎殿を頼られると聞いておりますが」
おそるおそる答える。
いくら立ち聞きされる危険がないとはいえ、絵師の身で天下を語るなど恐れ多いことという態度は見せておかねばならぬのだ。
「今から十年前に遡る。いや、十七年前かの。
かの長尾景虎、十七年前の初陣から負け知らずのいくさ上手。
いずれ、幕府の力になるであろうことから、十年前に越後守護の代行を命じ、その立場を安堵した。白傘袋、毛氈鞍覆、塗輿も許した。その甲斐あって、景虎は越後統一を成せたのだ。
義に厚い景虎は、その恩義を忘れてはおらぬ。それゆえに関白殿も下向するのだ」
なるほど。父と見当をつけたおおよその見込みは、どうやら誤っていなかったようだ。
「つまり、長尾殿の軍勢を引き連れての上洛があると……」
俺がそう応えるのに、将軍様のお声が被さった。よほどにお心の余裕がないと見える。
「そうだ。
景虎の上洛の経路にあたる越前(福井県)朝倉には我が義輝の義の一字を与え、朝倉義景としている。ゆえに長老である宗滴は亡くなったが、朝倉は信用できよう。長尾の上洛の筋道はできているのだ。あとは、長尾に上洛の刻を知らせ促すのみ。
関白殿も、この一環として越後に下向されたのだ。
あとは、その刻のことよ」
なるほど。将軍様のお考えが、俺にも見えてきた。
第3話 このようなご下命とは……
に続きます。




