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洛中楽Guys ー若き絵師たちの肝魂ー  作者: 林海
第二章 ご下命、如何にしても果たすべし

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第1話 今川殿が討ち取られるとは……


 絵競いから一年()った。

 俺は十七歳になっていた。数えなら十八だ。

 京の町は、降って湧いたようないくさ話で持ちきりになっていた。


 こんなことは前例がない。

 なんと、駿河国及び遠江国の守護である今川義元殿が、小国尾張すら支配しきっていない守護代の家臣の、しかも阿呆と評判だった男に討ち取られたというのだ。


 いくさ話は数多く京の町にも流れてくる。そして、町衆たちはこの手の話に慣れ過ぎていると言っていいほど慣れてしまっている。直治(なおはる)どのの国に至っては、あまりにいくさの話が多すぎることから、逆にそれが日常となって今や京の町雀の鳴き声にも上らないほどだ。

 だが、そのいくさ話に耳の肥えた町雀にしても、二国もの太守がいきなり討ち取られるなどという話は聞いたことがない。


 そもそもなのだが、世は乱れていて武士であれば皆、一度や二度に留まらないいくさの経験がある。一国の主が討ち取られるなどという不用意なことは、本来あり得ないのだ。

 それでも討ち取られるとなれば、それは(しか)るべき事情があるということであるし、まずはその一国の主が落ち目になったという噂が先に流れるものだ。「そろそろ、あそこん殿さんもあかんさかい」という噂が流れてくるから、京の職人や商人(あきんど)たちも逃げたり、逆に商機にしたりすることができるのだ。

 そういう事情もなしに、いきなり日の出の勢いの大将が合戦で討ち取られるのは、もはや事故(ことゆえ)以外の何物でもない。


 そしてこれは、絵師である我々にとって看過できる問題ではない。

 一国の主から下命を受けて絵を描くのは、少なくともそのお代をいただくまでは依頼主が息災(そくさい)であり続けることが前提になる。いくさで簡単に首を刈られてしまうようでは、丸々只働きになってしまうではないか。

 このようなことが当たり前の世になるようでは、下命の受け方も考えねばならぬ。


 さらにこのいくさは、狩野にとってもっと身近な問題にもなっていた。

 実は、相模国(神奈川県)の大名である北条家から、宗祐(そうゆう)叔父を破格の条件で召し抱えたいという話が来ていたのだ。


 京から相模国へ行くのには、討ち取られた今川殿の治めていた駿河国(静岡県東部)及び遠江国(静岡県西部)を通らねばならぬ。

 宗祐叔父は大層に乗り気なのだが、今の駿河国及び遠江国が混乱の極みなのは想像がつく。そもそも、今川殿の後継ぎとなられる嫡子もその為人(ひととなり)にいろいろと噂はあるにせよ、父の仇である織田をそのままにしておくとは思えない。家臣たちも黙っているとは思えぬではないか。今日という日に、仇討ちのための大軍が起こされていてもおかしくないのだ。

 その混乱と戦場の中を通り抜け、どうやって相模まで無事に行くというのか。


 かといって、信濃を通る経路は武田殿の領地である。今川、武田、北条は決して仲が良くない。繰り返しいくさが起きてきた。今川義元殿が三国をまとめいくさが起きぬように約したとは聞いているが、その義元殿亡き後もその約定が続くとはとても思えぬ。


 だが……。

 この問題は、父の思いつきによって案外簡単に片がついた。

 宗祐叔父はとりあえず狩野の名を捨て、前島宗祐と名乗ることにしたのだ。

 狩野は元々、藤原南家工藤氏の流れであり伊豆の出である。これも北条家からのお声掛りの理由の一つだ。伊豆は北条殿のものになって久しいからだ。


 それに対し、駿河国及び遠江国のほぼ中央の地名である前島を名字に名乗れば、今の今川領も比較的安心して通り抜けられるはずだ。前島村出身の人間であれば、その近隣を出歩くことに不自然さはまったくないからだ。狩野の顔が利くどこかの座から、前島の名で身元を証明できるものを作ってもらって行けば、関所でも余計な詮索はされずに済むし、通行料の銭も要らぬ。

所詮(しょせん)は小細工に過ぎぬが、その小細工が必要なときもあるのだ」とは、父の言葉である。


 意気揚々と旅立つ宗祐叔父を見送ってすぐに、その同じ火の粉が今度は俺自身に降り掛かってきた。

 第十三代足利将軍、義輝様からお呼びがかかったのだ。

 関白様から事前に話をいただいた件であろうことは想像がつく。そして、それが今になったのは、今川義元殿がこのような形で討ち取られたためなのは疑うべくもない。


 俺は家督相続以降、これも相続した小者の左介を連れ、父を伴うことなく将軍様のいらっしゃる二条御所に赴いた。狩野の家督相続が済んだことを、将軍様にわかっていただく必要があるからだ。

 御所に着いて半刻後、俺は将軍様の前で平伏していた。

第2話 世の静謐はもはや保てぬ

に続きます。

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