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洛中楽Guys ー若き絵師たちの肝魂ー  作者: 林海
第一章 まずは、我らのことなどを

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第23話 それが我が務め


 だが、信春の態度はいきなりおどおどしたものになった。

「今はまだ、いろいろと不都合があり申しまして……。明日、いや、明後日であれば……」

 なんだ、つまらぬではないか、信春。先ほどの勢いなら、さらりと描いてみせるかと思ったぞ。


「直治どの、そなたからはお返し願えるか?」

 俺、矛先を転じる。

「拙者、急に持病のさしこみが……。こ、これは痛や、痛や、痛たたたた……」

 年下なのをいいことに、あまりにお粗末な仮病芝居に逃げるか、直治どの。


 そこで小蝶が、奮然(ふんぜん)と仁王立ちに立った。

「お二人とも、もはや見抜かれておりまする。

 その上で、その場で御手自らの手本をいただくのに、その態度はないでしょう。いかに兄上に対して角逐(※)の意があれども、礼は尽くしなさい。

 少なくとも今は一歩先を行く者に対して、人として当然のことっ」

 この声に、信春、直治どの、二人とも小さくなった。


 結局、「頭を下げるのは口惜しし」の葛藤も、小蝶の真正面からの正論の威には勝てないらしい。

 特に信春よ。お前にとっては小蝶は六つも歳下ぞ。あっさりと負けるのは、あまりに情けないではないか。


 しかし小蝶め、いつからここまで強くなったのであろうか。

 やはり、男と同等のことを成せと、父から言われたことが効いているのだろうか。

 俺がそんなことを考えていたら、小蝶がくるりとこちらを向いた。

「……ただ、兄上。

 この二人、自らの筆が兄上に及ばぬことを認めたも同然なのは、ぜひとも汲んでやってはいただけぬでしょうか」

「……わかった。小蝶の言に免じて手本を描こう。だが一言、本人たちからなにかあって然るべきではないか」

「だ、そうですよ。

 お二人とも、我が兄にかかっては赤子の手を捻るようなものなのですから、伏して御真筆の手本をお願いするのです」

 おい小蝶。一体全体、なんでそうなるのだ。

 俺は驚いてしまって、二の句が次げぬ。

 最後の一言はあまりに余計であろう。それでは二人の心根を(おもんばか)った今までの取りなしが台無しではないか。


 小蝶よ、俺に対しては、信春と直治どのの角逐の意を汲んで、大人の対応をしろということではなかったのか。

 信春と直治どのに対しては、一旦は我を捨て、大人の対応をせよということではなかったのか。

 ほら見ろ、信春と直治どの、ともに先ほどまでの神妙さが消え失せて、「けっ」と唾でも吐きそうな顔になっているではないか。


 思わず俺、小蝶にせずとも良い確認をしてしまう。

「小蝶、お前はこの二人の思いを代弁したのではないのか?」

「はい、私は兄上が日の本の筆頭絵師と思っております。関白さまからお褒めをいただいたこの二人も、おそらくは一緒でございましょう。

 とはいえ男子に生まれついた以上、それを口に出せぬ意地もありましょう。それはわかりますが事実は事実。さっさと認めればよいのです」

 信春め、ついに口に出したな。「けっ」と、吐き出してくれたな。


 だが信春、お主の気持ちはわかるぞ。

 小蝶め、やはり、お前……。

 結局お前は、自分の思いをまくし立てただけで、二人の意を汲んでやったわけではないのだな。

 昨日は、張り合う気持ちのあまり俺を粗略に扱った二人を許さず、今日は俺を実は認めていたと判じたから責めなかったというだけか。

 わかりやすすぎて、かえって頭が痛くなってきたぞ。


 でもって、小蝶の思いとは……。

 俺としては溜息しか出ない。


 小蝶の俺への距離感が近い理由がよくわかった。

 だが、小蝶のことを血を分けた妹だと思っていた俺の目が、一朝一夕で女を見るものには変わらんし変えようがない。

 それに俺としては、うまうまと父の腹に従う気はない。

 高弟たちにしても、女とて狩野の先代棟梁の子と思うからこそ工房への出入りを許しているのだ。土佐の娘と知ったら決して許しはしないだろう。しばらくはこのままで行くしかない。


 絵競いは終わっても、俺の周りの問題は、不本意にもさらに(うずたか)くなった気がする。ひょっとして関白様は、ここまでを見抜いていて、俺に人使いの修行をせよとおっしゃられたのやもしれぬ。

 俺、ため息とともに再び絵筆を握る。


 いくら思うところはあれど、もはや後戻りはできぬ。

 なら、いつか祖父と父を超えるためにも、今はひたすらに前に進もうではないか。世におのれの分身と呼べるだけの質の絵画を残し、それを生きた証しとし、派を繋いでいく。

 それが棟梁となった我が務めなのだから。




※角逐 ・・・ ライバル

あとがき

第二章 ご下命、如何にしても果たすべし

に続きます。

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