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洛中楽Guys ー若き絵師たちの肝魂ー  作者: 林海
第一章 まずは、我らのことなどを

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第21話 小蝶の威


小蝶(こちょう)、控えなさい」

 こうなると、これ以上、俺は怒るに怒れない。ここは工房である。棟梁としては、内心はともかくこの場は納めるしかないではないか。


 まぁ、小蝶本人も心得てはいるのではあろう。

 工房には、危険なものから毒物まで様々なものある。

 (くく)った蛤の貝殻は、野外で風化させたものを工房に運び込んできている。これを念入りに砕いて胡粉(ごふん)としたものが白の絵具となるのだが、これは完全に無害なものだ。あまつさえ、「文蛤」として漢方の生薬とすれば、「悪瘡,五痔を蝕す」、つまり腫れ物と痔に効くと「神農本草経」に記されている。


 だが、工房には真に恐ろしいものも多い。

 石黄などは鮮やかな黄色を出す石だが、砒素(ひそ)を含み有毒だ。ましてや、今工房の片隅で行われている礬水(どうさ)引きの道具など投げつけたら、大火傷(おおやけど)となりかねない。

 和紙に直接絵筆を走らせると、絵具も墨も染みて滲んでしまう。なので、白礬(はくばん)(ミョウバン)と(にかわ)を混ぜた礬水(どうさ)を和紙に下地として塗る。そして、膠を溶かすには加熱が必要だ。熱湯まではいかなくても高温で粘りがあるものが肌に付くと、流れ落ちるということがないので深い火傷になってしまうのだ。


 まぁ、よほどの恨みでもないと、そこまでのことをするはずもない。だが、俺としても、小蝶のじゃじゃ馬ぶりがこんなところでも発揮されるとは思ってもみなかったのだ。


 小蝶は妹としてこの家にいるが、同腹ではない。正しくは養女であって、はとこの関係なのだ。祖父と父の思惑では、俺との相性によっては許婚(いいなづけ)となるよう今から配されている。

 小蝶本人にその自覚があるためか、このような場合、俺の意を汲みすぎることがある。


 小蝶は俺より二つ歳下の十四歳。猫のように丸い目を持った痩せっぽちだが、髪は多く、それを幾重にも束ねて背中に流している。

 桃色の柄の薄い小袖を着たきりにしているが、帯は日によって漆黒だったり鮮やかな朱だったりと、そこでおのれを出している。男扱いされて工房に出入りしているものの、女としての色を完全に捨てきれぬのであろう。


 そしてこの小蝶、絵筆が堪能(たんのう)である。

 絵師の仕事は、筆を動かすだけが仕事ではない。絵具の調合からして重労働なのだ。まずはひたすらに岩絵具の鉱物を砕かねばだし、障壁画ともなれば危険な普請(ふしん)現場に出入りが必要となる。絵師が男の職人仕事とされているのは、理由なきことではない。


 だが、小蝶は見た目から窺えるより指先が強く、扇絵程度の絵具の量であれば自分で砕いて調合するし、父に言われてか祖父の粉本もいつの間にか(こな)していた。

 やはり、土佐の血は争えぬものなのかもしれぬ。

 そして、狩野の絵より土佐と父の画風を色濃く受け継いだためか、心潤わすような小品については目を(みは)るようなものを描く。


 そのゆえに、狩野のもう一つの画業である扇絵を描くために工房への出入りも許されているのだが、女というだけでそもそもの風当たりは強い。その仕事が質、量ともに男の職人以上のものであっても、だ。なので、兄としては大人しくしていて欲しいのだが、なかなかにそうも行かぬのだ。

 俺の立場としては、「狩野の工房はこのような騒ぎを起こす場ではない」などと、高弟どもにつまらないことを言われるような隙を作らないで欲しいのだが……。


 とはいえ、信春と直治どのが不承不承(ふしょうぶしょう)でも再び大人しく絵筆を握ったのだから、仁王立ちの小蝶の威は認めるべきなのやもしれぬ。


 ……ちょっと待て。

 そうなると、この俺の言が小蝶の威に劣り、棟梁として心もとないということになるのではないか。

 そう気がついてしまった俺は、深々とため息を吐いていた。

第22話 お返し願おう

に続きます。

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