第18話 我らは我らで生き延びねばならぬ
父は続けた。
「長尾殿は京まで聞こえる戦上手。関白様も将軍様もそこを買われているのであろう。
だが……。かの御仁はな……」
「義といえば聞こえは良いが、武人として甘すぎる、と」
「源四郎、やはりわかっておるではないか」
父はそう言って軽く笑った。知らぬ者が見れば、京の往来での親子の平和なジャレ合いに見えているであろう。
「常に戦に勝ち、軍神と呼ばれるほどの武将でありながら、常に勝ち切ることができぬ。敵を討ち取り一族を根切りにするか、敵国に二度と逆らわせないだけの致命の打撃を与えるか……。そのどちらかをせねばいくさは永遠に繰り返されるというのに、そのどちらもせぬのだよ、長尾殿は。
わしのような多寡が知れておる絵師の目から見ても、それが歯がゆい」
俺もため息を返す。
公家、寺社、上級と言われる武家に父は顔が利く。
加えて、京の町衆としての情報網もある。こちらは、お上品な情報だけではない。えげつない、だが真実を含んだ情報を運んでくる。おそらく関白様も将軍様も、こちらの情報は得てはいないだろう。
父が得る情報は広く、そして深い。
そしてこれらの情報が得られなければ、下命もうかうか受けられない。描き終えたのちに、依頼主が首だけになっていたなどということもありうるのだ。こうなってしまっては、絵の代の請求もできぬではないか。
だから、調べるだけ調べ、世の情勢を常に掴まねばならぬし、それによる判断
は家督を継いだ者の務めなのだ。その辺りも俺には見えてきていた。
「未だ若輩ながら、俺にも見当がつきます。
敵を一掃できないのは、天下に当て嵌めると由々しきこと。乱世が終わりませぬ。
関白様も、今はよろしかろうと思いますが、おそらくは数年で越後とも手切りとなるやもしれませぬ。許されるなら自身のお力で天下に静謐をもたらしたい関白様にとって、歯がゆいとなればそれまでのことか、と」
「そうだ。
今は乱世、長尾の代わりなどいくらでもいる。駿河の今川どのも、関白様と気が合えば面白いことになろうがの。ともかく、源四郎に家督を譲ったは正しかったな」
そう言って、父はにんまりと笑った。
まあ、絵を描くだけでなく、こういうことも考えねばならぬというのが肌身に沁みたということでは、家督を譲られたのも悪いことではない。だが、もっと気楽に描く期間も欲しかったとも思う。
帰り道もあと僅か。冬の気配が増す京の往来の中、父は顔に笑顔を貼り付けたまま話し続ける。
「一介の絵師に過ぎなくてもわかることはある。合戦は無闇矢鱈と行うものではなく、行うときは最も短い道筋を走って勝つべきであろう。
そして、天下静謐を目的とするなら、その勝ちとは京に来ることじゃ。関白様はもともと京の方。呼び寄せる立場ゆえにその道筋が見えていらっしゃるが、果たして長尾殿はどうかの」
「父上。
お話はわかりますが、我らは一介の絵師に過ぎませぬゆえ、天下など論じても腹は膨れませぬ。それより、どういたしましょうや、将軍様からのご下命をいただいてしまったときには……」
再び父は、にんまりと笑った。どうやら無策ではないようだ。
「源四郎、良き心がけじゃ。
我らは我らで生き延びねばならぬ。そして、源四郎の言うとおりで御用絵師の名だけでも腹は膨れぬ。だが、その名を失うのも惜しい。
ふん、簡単なことよ。
我らは一番強い者に付き従えばよいのだ。さすれば、結果として御用絵師の名は守られる。誰も、御用絵師に真の意味での忠義など求められてはおらぬよ。なので、将軍様からのご下命は受ける。当たり前じゃ。
だが……」
「父上、どのようなものについても、描きようはありますからなぁ」
俺、そう言って笑った。父の言いたいことが薄々わかってきたからだ。
「そうだ、源四郎。わかっておるではないか。
描くものには必ず二つ以上の意味を持たせるのじゃ。そして、後継となりうる勢力も描いておくのじゃ。
我らは、父の代より邪な世を生きねばならぬ。それを生き延びるには、その邪さを超える知恵を持たねばならぬ」
「わかっております」
そのとおりであろう。
父の言うとおり、絵師には絵師の生き延び方があるのだ。
「よかろう。
先ほどの絵競いで、関白様からお墨付きをいただいた者たちにはまだまだわからぬこと。また、教える義理もない。だが、良き腕の者たちゆえに、共に描くが良い。だが言うておく。最後の仕上げはお前がするのだ。どこも決して譲ってはならぬ。源四郎の真筆とせよ」
「心得ております、父上」
「……我らは生き延びねばならぬ。生き延びてこそ、はじめてすべてを残せるのだ」
そう語る父の執念は凄まじい。
俺は思う。
ひょっとしたら父は、俺より長生きするやもしれぬ。
その思いつきは、親不孝の極みであったとしても、妙に俺を安心させるものだった。




