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洛中楽Guys ー若き絵師たちの肝魂ー  作者: 林海
第一章 まずは、我らのことなどを

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第16話 祖父の算段、父の予測


 俺はこの場では不要と思ったのだが、父は話し始めてしまった。

「わしの母の兄が土佐光茂(みつしげ)、その子が土佐光元(みつもと)。この辺りはお前には言うまでもあるまい。

 その光元め、相も変わらず『武士になりたい、武士になりたい』と口癖に申すような男でな。落ち着いて絵も描かず、工房にも顔を見せずにいたのだが、数え十六で家を飛び出した勢いで女を孕ませおった。で、その女の方にも事情があっての。どうにも育てられなくなったので、父の一言でその子をこちらで引き取ったのだ」

 ……つまり、俺にとっての小蝶は妹ではなく、はとこだったということか。そして、その算段は祖父がした、と。腹芸は父のものと思っていたが、こと相手が土佐となれば、祖父の方が実績があるな。


「本人は知っているので?」

「当然知っている」

 あっけない父の答えに、知らないのは俺だけだったのかと思う。

 とはいえ、考えれば思い至るところはあった。


 大家(たいけ)(あるじ)が妾を持つのはよくあることだ。とはいえ、その子を家に入れるとなれば、平地に乱を起こすようなことにもなる。だが思い返してみれば、母は小蝶に対してまったく屈託を見せなかったのだ。俺とも弟の秀信(ひでのぶ)とも分け隔てなく育て、接していた。

 なるほど、そういうことであったのか。今になって合点がいく。


「このままでは、土佐の家も派も終わろう。

 光元めがあのざまでは、絵を描く家としては断絶も必然のこと。弟子の(たれ)かが継ぐことになればよいが、それでも土佐の名は軽くなってしもうたわ。あとはその誰かの器量次第よ。

 となると、わしもその娘が不憫になってな。女では絵師になれぬ。だが、なまじ画才があるがゆえに、先々(さきざき)にいたるまであとを継いだ誰かから邪険にされようことは見えておった。

 まぁ、そんなこともあって、小蝶には土佐の画風に加えて狩野の粉本も学ばせたのだ」

 ああ、なるほど。

 父の絵と、小蝶の絵が似ているのは、土佐の血がなせる(わざ)だったのか。


 そして……。

 祖父も父も口に出さぬ、もう一つの算段に俺は気がついていた。

 小蝶が居場所をなくし、跡を継げぬ本家筋として邪険にされる可能性はたしかに高い。だが、同時に土佐の高弟と小蝶が結ばれて家を繋ぐという選択肢もありえたはずだ。

 しかし、祖父の判断で狩野が小蝶を養女として引き取ったことで、その可能性は潰えた。その結果、弟子筋が継いだ家である土佐派に対し、その土佐本家の血をも取り込んだ狩野は、由緒ある家格の派として御用絵師の立場がより盤石なものとなる。

 才は才としても、血は血として見られるのだからそれは仕方がないことだ。



 この算段には、さらに表裏となる目論見が隠れているはずだ。俺には妹と伝えながら、それでも小蝶本人が俺に(なつ)くこと、その意味だ。


 おそらく、祖父の本音としてはこうなる。

 俺が小蝶をつまみ食いするという外聞の悪い事態を防ぎ、その一方で先々土佐本家の血筋を取り込み、飼い殺しにし、その成長の如何(いかん)によっては俺と政略結婚をさせるということだ。

 そして、外向きの取り繕いはこうなる。

 土佐の血を惜しみその命脈を保つために、同じ絵師の(よしみ)で実子と変わらぬ扱いで養女とした。そして、めでたいことに狩野の嫡子と婚姻の儀となった。これで本朝の画道はさらなる発展が望めよう、と。


 小蝶は未だ十四歳の小娘、祖父の意を受けた父に誘導されたらひとたまりもあるまい。

 このようなこと、今さら腹も立たぬが、俺とて親の手のひらの上で踊るだけの子と見られるのも業腹(ごうはら)ではある。「はい、そうですか」と小蝶に手を出すのも(はばか)られるし、俺としてはしばらくは妹として変わらずに接しようではないか。


「女でも腕があれば良いと、関白様は申された。

 つまり、小蝶は女絵師としての先が安堵されるほどの後ろ盾を得たということだ。先のことはわからぬが、わしも小蝶があそこまで描くとは思いもよらなかったわ」

 父の言葉に俺は頷いていた。これも狩野の将来の選択肢を増やすことになりこそすれ、障害はなに一つもない。なんせ、狩野の小蝶なのだから。

 今回の絵競いで、小蝶は父の予測を超えていた。だが、まだ祖父の算段まで超えることはできていないのだ。


第17話 絵師ならば、死しても残るものがある

に続きます。

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