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洛中楽Guys ー若き絵師たちの肝魂ー  作者: 林海
第一章 まずは、我らのことなどを

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第15話 小蝶の血


「源七、ただ今戻りました」

「源四郎、ただ今戻りました」

 祖父の部屋の前で、父と揃って帰宅の報告をする。


 板の間にそこだけ畳を敷き、その上に敷かれた寝具の中で、祖父はぽかりと目を開け天井を見ていた。

「板目というのも、なかなかにここまでじっくり見る機会はなかったが、よいものであるな。一本の線が一年のいとなみか。最期の床にいると身に沁みるわ」

「はい」

 祖父の言葉に父が相槌を打つ。もう、「そのような気の弱いことは申しますな」などと取り繕う段階は過ぎている。それに、祖父がそのような取り繕いを心底嫌っているのを、父も俺もよく知っている。


 祖父の顔は全体が落ちくぼみ、声はかすれて言葉もとぎれとぎれだ。否応なく死期の近さを感じざるを得ない。もやは痛いなどとは言わなくなったが、死に至る腫れ物の痛みが引いたはずはない。

 だが、消える寸前の生命の輝きが、祖父の口から言葉を紡がさせていた。

 そして死の床の苦しみに苛まされているこの期に及んでも、祖父の絵師としての存在感は余りに大きく健在であり、父と俺を圧倒していた。


「で、やはり、源四郎に決まったのであろう?」

 視線はそのまま天井に向けたまま問う祖父に、俺は「はい」と口にし、そう応えられることに果てしない安堵を感じていた。


「ですが父上、今回の絵競い、思っていた以上に良い腕の者がおりましたなぁ」

 父が祖父に言う。

 関白様に見ていただいた絵を選んだのは、祖父と宗祐(そうゆう)叔父である。父も今日まで見ていなかったのだ。


「才を磨き抜いた源四郎に敵う者などおらぬよ。だが、ひとまずは安堵した。良き腕の者が多かったのは確かだったからな」

「はい」

 自覚はしなかったものの、俺の返事には相当に実感がこもっていたのだろう。俺が背筋が凍る思いをしたのを祖父は察したらしい。

「そうか。

 まあ、源四郎、良き経験だったではないか。だがこれも派の棟梁ともなれば生涯続くこと。今さら驚くことでもあるまい」

「はい」

 俺は再びそう答える。祖父も、このような経験を何度もくぐり抜けてきたに違いなかった。


 そこで、祖父は初めて視線を父に向けた。

「ところで源七、土佐の娘はどうなったか」

 ……はて、土佐の娘とはなんのことか。


「父上……。

 まさか父上は、小蝶めが石見大夫(いわみだゆう)の名を騙ったのをご存知だったので」

 さすがに父の語調は険しい。

「絵を見てわからぬほど、わしは耄碌(もうろく)しておらぬし腫れ物も目にまではできてはおらぬ。で、どうだったのだ」

「は、関白様はいたく気に入られた様子にございまして……」

「そうか。

 源七、さすがはお前と同じ血が流れているだけのことはある。これであの娘も生末(いくすえ)(※)ができような」

 俺にはなにが話されているのか、その内容も真意もわからない。


「源四郎。

 ようやく、わしにも父の企みがわかった。

 小蝶はの、わしの娘ということにしているが、実は土佐家の娘じゃ。わしの母が土佐家から嫁いだことは知っておるよな」

 父の問いに、俺は頷いた。


 そのときの俺には、二つの感情が同時に渦巻いていた。

 妹ではなかったのには正直に驚いたのだ。いろいろと問いたいこともあるが、この場では控えるべきだろう。なんにせよ、巻き込んで話を聞くには祖父に残された時間が短かすぎる。祖父にとっては、四半刻(30分)ですら値千金なのだ。

 その一方で祖母のことについては当然知っていることで、今さら確認されることではない。祖父は、大和絵の土佐家から嫁を貰い、同時に大和絵の技も取り込んだのだ。結果として、狩野は漢画と大和絵の融合を成し遂げている。

 それを話の前置きにするということは……。つまり、父は小蝶が土佐家の人間であることに、相当の利用価値を認めているということに(ほか)ならない。



※ 生末 ・・・ 将来

第16話 小蝶の血筋

に続きます。

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