第14話 最初の一歩
父はまず、こう切り出したのだと言う。
「小蝶。
お前のせいで、石見大夫は絵描きとしての道を閉ざされた。こうなってはまつと婚姻の儀も、狩野として認める認めないではなく、もはや叶わぬこととなった。
お前は関白様に認められたい一心だったろうが、その考えはあまりに浅墓だった。このことで狩野の家名を危うくしただけでなく、二人の人間の将来をも奪ったのだ」
十四歳、数えで十五の娘がこれに耐えられるはずがない。
ぴいぴい泣き出したのを、父はさらにびしびしと責めたてた。
「そもそも、関白様に偽計を企むなど、万死に値する。
この狩野の主のわしの隠居をもって、ようやく関白様のご寛恕を得たのだ。お前自身の心得違いが、わしを隠居させた。お前はその意味がわかっておるのか。ええい、泣いていてはわからぬ。申し開きができるならしてみるがいい」
「まこと、申し訳ありませぬ。なんとお詫びしてよいか。
されど、女子に生まれたこの身がうらめしく、なんとか筆にて身を立てようと……」
「だからといって、このようなやり方があるものか、この愚か者めが」
こういうとき、父は怒鳴ったりしない。語気を荒げもしない。低い声で、怖い眼で睨めつけながら言うだけなのだ。
だが、これで大抵は男ですら小水を漏らすほど怯える。父の一派を構える覚悟がそうさせるのであろう。
どうやらこのあたりで父も面倒くさくなったか、これ以上は俺に話さなかったものの、さんざんにやり込めたことは想像に堅くない。
そして、締め上げられた小蝶は、最後に蒼白の顔色でこう言ったらしい。
「それでは……。
この喉を突き、死してお詫び申し上げまする」
「この愚か者めが。
関白様にお前の絵をお見せしてしまった以上、今さらそれができるわけもないのがわからぬのか。わしが娘を殺したことになるのすらわからぬほど愚かか。
こうなったら仕方がない。小蝶、お前は女を捨てよ。女を捨て、絵の道にすべてを捧げたとしても、お前の名が世に残ることはあるまい。だが、自ら選んだ道、おのれの愚かさとそれが生んだ犠牲を噛み締め、その手でたどるがいい。それしか狩野の体面を保つ道は残されてはおらぬ」
父はそう言って、小蝶を天賦の才だけでは済まぬ険しい道に追いやったのだった。
小蝶がこの道をたどりきれるか、これも本人にしかわからぬことであろう。
信春と直治どのについても、実はそう違いはない。それだけ険しい道に踏み込んだということだ。
貴族や領主というものは、やはり常人とは異なる。覚悟が違えば感性も教養も違う。絵師といえど、さまざまなもろこしの書に精通し、万葉、古今の和歌を諳んじられるぐらいの教養は最低限として必須である。関白様など、その最たるものだ。貴族としての教養の上に、乗馬や鷹狩りを愛されている。その関白様にご満足いただくためにはどれほどの労苦が必要か、信春と直治どのは想像すらしておらぬ。
そして、関白様が越後から戻られたとき、肝心の腕も今と変わらぬのでは、堪能(※)稽古もせず寝ていたのかと疑われよう。選ばれるということは、楽になることではない。階を登り、より厳しい道におのれを置くことだ。
名を成し派を支えるという、最初の一歩を彼らは踏み出した。その辛さと幸せは、綱のように相綯われている。それを二人は知ることになろう。
信春と直治どのがこの道をたどりきれるか、これも本人それぞれにしかわからぬことだ。
※ 堪能 ・・・ 辛抱強く努力すること
第15話 小蝶の血
に続きます。




