第13話 本人にしかわからぬこと
実のところ、石見大夫についてはこうだ。
石見大夫が一年この生活に耐えられれば、高弟と呼ばれるにふさわしい技量を身につけるだろう。狩野の高弟に求められる技量とは、質だけではない。量をこなせてこその一人前だし、狩野の名乗りを許される重さは肌身をもって知ってもらわねば困る。
そして、ここまでではないにしても、皆それなりの試練を受けて、初めて高弟と呼ばれる存在になっているのだ。自国に戻れば、独りで国持大名の依頼を受けることもあるし、そこでは己一人の力ですべての道を切り開かねばならぬ。それこそ死ぬまで試練の連続の中に生きるのだから、ここでその肚を決めてもらわねばならぬ。
そして、まつについてはこうだ。
まつが明日より下につくおつるは、当家の二人いる女中頭のうちのひとりで、下女中を徹底的にこき使うことで恐れられている。言葉も荒く、打擲も辞さぬ。夜も寝せず、苛烈を極めると言っていい。控えめに言っても地獄であろう。
だが、これにも理由がある。
下女、下働きとされる女衆は、所帯を持っても自分の家財を自分で管理することができぬ。自分の財産など、小遣い程度の銭数枚しか持ったことがないのだから当然のことだ。
また、土下座以外の正式な礼も、読み書きも知らない。
これに、基本の学と礼を身に付けさせねば、たとえ下女中であっても、狩野の元使用人として名乗られたら恥ずかしいのはこちらだ。
石見大夫が高弟になり、狩野の名乗りを得て石見の国に帰るなどということになったらなおのこと。
狩野の名を許された者は、そこの国持大名にすら直に会うのである。独りでも仕事をこなせねばならぬし、それを支える妻の育ちが下女のままでは通用せぬ。
夫婦で揃って狩野の名を辱めるような事態にならぬよう、こちらで考えておかねばならぬのだ。
なので、おつるの仕事は、そのような下働きの女衆が将来不幸にならないように、徹底的にしごきあげることだ。夜も寝させないのは当然のこと。礼法に始まって、ひらがなから漢字の読み書き、和歌、加えて基本の算法まで学ばせているのだから。
そして、おつるについた女衆が半年保たず辞めてしまうのはさらに当然のことで、婚姻の儀となってしまうからだ。
だが、そのからくりは既婚者しか知らない。そうでないと、おつるの怖さが減じてしまう。また、学を授けるのも、他の下女中との間で要らぬ不公平感を生んでしまう。そのあたりの秘密の保持はもう、高弟たちとその家族、おつるの阿吽の呼吸である。
そのようなからくりのあるおつるは、婚姻した女衆からの付け届けが絶えることなく、実は相当に裕福になっている。名乗りを許された高弟の妻という立場になって、初めてそのありがたさが身に沁みるのであろう。
だから父も俺も、そこには目をつぶっている。
良いことではないか。
良き仕事には良き報酬。そう思っているのだ。
石見大夫とおまつが、この試練に耐えられるかどうか……。辛さと幸せは、綱のように相綯われている。小蝶のしでかした不始末、これを善き事に転じさせるのだ。
それが悟れるかは、もう本人にしかわからぬことだろう。
……同じころ。
小蝶も、父にしこたま威されていた。
第14話 最初の一歩
に続きます。




