第12話 甘い考えは捨てよ
「立て。そして、おまつと一緒に俺の部屋に来い」
こうなったら、こちらは俺が話をつけよう。父に丸投げする心計だったが、さすがに可哀相になってきた。俺なら、父よりは温情を掛けられる。
そう思ったのだが……。
小蝶、お前もか。
往来での土下座が二人になった。
おそらくは、「おまつと一緒に」という俺の言葉で、小蝶もすべてを察したのだろう。そして、おのれのしでかしたことに、ようやく思い至ったに違いない。ついでに、それによって石見大夫とおまつがどれほどの咎めを受けるか、それにも考えが至ったはずだ。
でもって、石見大夫も小蝶が横で頭を下げていたら、自分だけ立ち上がることもできまい。
だがな、おい。
兄に対し、石見大夫と一緒に土下座する妹が世間様にどう見えるか、少しは考えて欲しい。お前たち、場というものを理解していなさすぎではないか。
「小蝶、さっさと父上の下に行け。
石見大夫、お前もさっさとしろ。俺は俺の部屋で待っている」
そう重ねて言って、俺も自分の部屋に向かった。まぁ、その場から逃げ出したのだ。
それから間もなく。
「石見大夫、まつ、まかりこしました」
「ん、入れ」
俺はそう声を掛ける。
なのに二人は揃って、廊下の床板に額をこすりつける。
俺、聞こえがよしにため息を大きく吐いてみせる。
二人、さらに小さくなった。
「恥を晒したくなければ、さっさと入れ」
俺の言葉に、二人共が平伏のまま尺取虫のように俺の部屋に滑り込んできた。
「どうするのが正しかったと思うか」
まずは俺、そう問うた。
「若様、此度のことは偏にこの私めが悪うご……」
「そのようなことは一言も聞いてはおらぬ。
狩野の家名を傷つけないために、お前はどうすれば良かったのかと俺は聞いている」
「……まずは若様に、隠れてでも正直に打ち明けるべきでございました」
「わかっておるではないか。二度とこのような愚かな真似はするな」
まずは俺、そう釘を刺した。そして、精一杯厳しい顔を作った。
「今回の件につき、処分を申し渡す。
狩野の家の土台を揺るがした罪は重い。父は隠居に追い込まれたのだぞ。
石見大夫、お前は一生飼い殺しだ。逃げたら石見の国元はおろか、狩野の名を許した諸国の高弟まで廻状を遣わし、この日の本での居場所をすべて奪う。
とはいえ、今の長屋住まいは許し、飯だけは喰わせてやろう。まつは場所替えだ。明日からは、おつるの元で働け」
予想どおり、2人とも絶望的な表情になった。
まぁ、無理もない。
石見大夫は給金が無くなり、所帯を持つなど夢のまた夢となる。
朝から晩まで監視付きで、指にタコができるまで絵筆を握らせられるのだ。絵を描かないときにも、礬水引きなり、岩絵具を砕くなり、夜明けから夜遅くまで隙なくこき使われることになる。
また、おまつが付かされるおつるは、下には必要以上に厳しく当たるきつい女と評判で、使用人の中でも最凶と思われている。おつるについたどの下女も、半年持たずに皆逃げ出し、姿を隠してしまうのだ。
これからのおまつは、寝たあとの夢の中でまで一日中気の休まるときはないだろう。
だが、俺の処分を聞いた父は笑う。そして、こう言う。「源四郎、やはりお前は甘すぎる」と。
まぁ、それでいい。俺は、自分が持つ工房を修羅の集まりにはしたくないのだ。
そう言われてしまう理由、実のところはこうなっているのだが……。
第13話 最初の一歩
に続きます。




