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洛中楽Guys ー若き絵師たちの肝魂ー  作者: 林海
第五章 それぞれの道

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第6話 京を取り巻く大名たち


 関白様はお言葉を続ける。

「ただ、よいか、源四郎。

 これは、京の静謐を招くためだけに使えるものではない。成り立ちし京の静謐を守ることにも使えるのじゃ。

 よいか、それだけは含んでおいてくれよ」

「御意にて、御心のままに」

「とりあえずは持ち帰り、時を待て。

 麿から、誰を描くかを伝える。

 おそらくは……」

 俺は、おそらくの後の言葉を待った。だが、関白様がそれ以上口を開かれなかった。


 本来ならば、このままごあいさつをして退出するのが筋であろう。

 だが無礼を承知で、俺は黙り込んでしまわれた関白様にかまをかけた。

「口幅ったいことを申し上げますが、尾張近江はともかく、越前であれば狩野の名乗りを許し者がおりまする。ご下命とあらば、密かに……」

「棟梁っ」

 関白様は、そこで一言だけ言葉を荒げられた。


 そして、一転して穏やかにご下問された。

「これ以上は戻れぬ道となるぞ。

 よいのか?」

 関白様、お優しい。断る機会をいただくとは思わなかった。ただ、源四郎とお呼びにならず、棟梁と呼ばれた。これからは、派としてお話を聞くことになるのであろう。


「構いませぬ。

 我が派を懸けて、京の静謐のためにご助力いたしましょう。京の静謐なくては、これから先、絵など売れませぬ。焼け落ちる屋敷に障壁画を描こうなどと、誰が考えようか、と」

「さすが棟梁、賢しらに忠を語らず、商売からというのが頼もしいわ。では聞こう。なぜ棟梁は、越前、近江、尾張の三国を挙げたのじゃ?」

 そう御下問を重ねられた、関白様の言葉は笑みを含んでいる。


 俺はこのまま、国名で話し続けることに決めた。

 直接大名や武将の名を挙げるのは、あまりに話が生臭い。

「今さら関白様は越後、甲斐ではございますまい。

 また、国ではございませぬが、比叡山、一向宗もこれなく、かといって、ぱあでれの切支丹では天子様との折り合いが悪かろうか、と。

 となれば、思いつくのはその三国くらいしかありませぬ。

 それに、そもそも美濃、大和はございますまいからと」

 俺はそう応えていた。


 越前は朝倉、近江は浅井、尾張は織田、越後は上杉、甲斐は武田、美濃は斎藤、大和は松永、こんなところがめぼしい勢力ではあろう。

 丹波、四国は三好殿だが、はや落日を待つような状態である。ここで口に出すまでもない。


「やはり、自明であったかのう。

 そのとおりじゃ。

 一向宗であれば、本願寺が朝廷となってしまおうぞ。ぱあでれの話も聞いてみたが、枝葉はよくてもな……。この国の民という民が、こぞって天子様を差し置いて神の子を祀るとも思えぬ。そこを関白たる麿が頼れば、内乱の元じゃ。となると、麿の見るところ……。

 あとは話せぬ。わかるであろう?」

「ははっ」

「であれば、事前に狩野の根を伸ばしておくこと、頼むぞ。

 麿が見るところ、すでに大木は朽ちておる」

「ははっ」

 俺は、再び平伏していた。



 ここで、関白様の顔が一転して柔和なものになった。

「ところで、そこの娘が松永めが欲しがった者か。

 棟梁が(めと)るそうではないか」

「は、お恥ずかしき次第にて」

「良いではないか。

 狩野の家を残すは棟梁の務め。まことめでたいことよ。

 愛い絵を描く女子(おなご)は、その姿も愛いようじゃ。棟梁は果報者ぞ」

 思わず俺は平伏し、そのまま横目で覗えば、小蝶も真っ赤な顔のまま平伏している。


「他の二人も良い面構えになった。絵師とはいえ、乱世を生き抜く顔じゃ。

 そう言えば、毛利家が良き絵師を探しておった。まだ先で良いとは申しておったが、声を掛けても良いぞ」

「ありがたき幸せ」

 直治どのが平伏した。

 

 おお、これはまことにありがたい話ではないか。直治どのであれば、棟梁として、推挙の言葉は惜しまぬ。

「この原直治は、絵師だけでなく武士としてもまことに得難き者。

 先ほどの三国の目処も、この者の知恵でございます」

「よきかな。

 では直治、西国にて派を立て、見事にそれを続けさせてみよ」

「はは」

 直治どのの返答に、関白様は破顔する。


「棟梁。

 めでたさついでと言っては申し訳なきことながら、慶事は続くがよかろう。

 我が屋敷の障壁画、約束どおりこの四人に頼もうではないか。そちらの都合がつき次第、始めてくれ」

「かしこまりました。

 本絵に取り掛かる前に、下絵など見ていただきたく、よろしくお願い申し奉ります」

「これで、連絡(つなぎ)も楽になるな」

 関白様の言葉に、俺は再び平伏し、皆もそれに倣っていた。

第7話 新しい酒は新しい樽に入れよ

に続きます。

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