第6話 京を取り巻く大名たち
関白様はお言葉を続ける。
「ただ、よいか、源四郎。
これは、京の静謐を招くためだけに使えるものではない。成り立ちし京の静謐を守ることにも使えるのじゃ。
よいか、それだけは含んでおいてくれよ」
「御意にて、御心のままに」
「とりあえずは持ち帰り、時を待て。
麿から、誰を描くかを伝える。
おそらくは……」
俺は、おそらくの後の言葉を待った。だが、関白様がそれ以上口を開かれなかった。
本来ならば、このままごあいさつをして退出するのが筋であろう。
だが無礼を承知で、俺は黙り込んでしまわれた関白様にかまをかけた。
「口幅ったいことを申し上げますが、尾張近江はともかく、越前であれば狩野の名乗りを許し者がおりまする。ご下命とあらば、密かに……」
「棟梁っ」
関白様は、そこで一言だけ言葉を荒げられた。
そして、一転して穏やかにご下問された。
「これ以上は戻れぬ道となるぞ。
よいのか?」
関白様、お優しい。断る機会をいただくとは思わなかった。ただ、源四郎とお呼びにならず、棟梁と呼ばれた。これからは、派としてお話を聞くことになるのであろう。
「構いませぬ。
我が派を懸けて、京の静謐のためにご助力いたしましょう。京の静謐なくては、これから先、絵など売れませぬ。焼け落ちる屋敷に障壁画を描こうなどと、誰が考えようか、と」
「さすが棟梁、賢しらに忠を語らず、商売からというのが頼もしいわ。では聞こう。なぜ棟梁は、越前、近江、尾張の三国を挙げたのじゃ?」
そう御下問を重ねられた、関白様の言葉は笑みを含んでいる。
俺はこのまま、国名で話し続けることに決めた。
直接大名や武将の名を挙げるのは、あまりに話が生臭い。
「今さら関白様は越後、甲斐ではございますまい。
また、国ではございませぬが、比叡山、一向宗もこれなく、かといって、ぱあでれの切支丹では天子様との折り合いが悪かろうか、と。
となれば、思いつくのはその三国くらいしかありませぬ。
それに、そもそも美濃、大和はございますまいからと」
俺はそう応えていた。
越前は朝倉、近江は浅井、尾張は織田、越後は上杉、甲斐は武田、美濃は斎藤、大和は松永、こんなところがめぼしい勢力ではあろう。
丹波、四国は三好殿だが、はや落日を待つような状態である。ここで口に出すまでもない。
「やはり、自明であったかのう。
そのとおりじゃ。
一向宗であれば、本願寺が朝廷となってしまおうぞ。ぱあでれの話も聞いてみたが、枝葉はよくてもな……。この国の民という民が、こぞって天子様を差し置いて神の子を祀るとも思えぬ。そこを関白たる麿が頼れば、内乱の元じゃ。となると、麿の見るところ……。
あとは話せぬ。わかるであろう?」
「ははっ」
「であれば、事前に狩野の根を伸ばしておくこと、頼むぞ。
麿が見るところ、すでに大木は朽ちておる」
「ははっ」
俺は、再び平伏していた。
ここで、関白様の顔が一転して柔和なものになった。
「ところで、そこの娘が松永めが欲しがった者か。
棟梁が娶るそうではないか」
「は、お恥ずかしき次第にて」
「良いではないか。
狩野の家を残すは棟梁の務め。まことめでたいことよ。
愛い絵を描く女子は、その姿も愛いようじゃ。棟梁は果報者ぞ」
思わず俺は平伏し、そのまま横目で覗えば、小蝶も真っ赤な顔のまま平伏している。
「他の二人も良い面構えになった。絵師とはいえ、乱世を生き抜く顔じゃ。
そう言えば、毛利家が良き絵師を探しておった。まだ先で良いとは申しておったが、声を掛けても良いぞ」
「ありがたき幸せ」
直治どのが平伏した。
おお、これはまことにありがたい話ではないか。直治どのであれば、棟梁として、推挙の言葉は惜しまぬ。
「この原直治は、絵師だけでなく武士としてもまことに得難き者。
先ほどの三国の目処も、この者の知恵でございます」
「よきかな。
では直治、西国にて派を立て、見事にそれを続けさせてみよ」
「はは」
直治どのの返答に、関白様は破顔する。
「棟梁。
めでたさついでと言っては申し訳なきことながら、慶事は続くがよかろう。
我が屋敷の障壁画、約束どおりこの四人に頼もうではないか。そちらの都合がつき次第、始めてくれ」
「かしこまりました。
本絵に取り掛かる前に、下絵など見ていただきたく、よろしくお願い申し奉ります」
「これで、連絡も楽になるな」
関白様の言葉に、俺は再び平伏し、皆もそれに倣っていた。
第7話 新しい酒は新しい樽に入れよ
に続きます。




